第6章 明日へのレシピ(その56)
(ははぁ〜ん・・・、やっぱ、泊まるところを探してはいるんだ・・・。)
哲司は内心、そう思った。
そりゃあ、さっき話していたとおり、カラオケボックスやネットカフェでも泊まることは可能だ。
別に、宿泊施設ではないが24時間営業なんだし、部屋に入ってしまえば、カラオケを唄っていようが、ネットで遊んでいようか、あるいは眠っていようが、何ら文句を言われることはない。
ただし、当然なことだが、料金がかかる。
つまりは、タダではないということだ。
高校時代には漫画喫茶で夜を明かした経験がある哲司だったが、それ以降はそうしたところで泊まったことはない。
第一、そんな金もない。
確かに、正規の宿泊施設に泊まるのと比べると格段に安い。
素泊まりのビジネスホテルでも、1泊が4000円ぐらいからだろう。
それに引替え、カラオケボックスだと、2000円。いや、最近は過当競争でさらに低料金を標榜する店もあるから、1500円ぐらいか。
それでもだ。
時給800円とか900円で働くバイトやパートの子にとっては、その2時間分が吹っ飛ぶことになるのだから、決して「安い」ものではない。
「じゃあ、これから、そのワンルームに帰るの?」
千佳が少し甘えるような声で訊く。
「いや、今日は、この市内の実家に泊まる。」
哲司は、ここは事実を言う。
これを言うことで、ふたりとの話にケリをつけたかった。
「ああ・・・、そうなんだ・・・。良いわねぇ〜。」
哲司の横に腰を下していたミチルが羨ましそうに言う。
本当に、羨ましそうに・・・だ。
「じゃあ、とっととバスにでも何でも乗って、家に帰ったら? 女の子のお尻を追っかけてないで・・・。」
一方の千佳は、まるで捨て台詞を吐くように皮肉っぽく言う。
「だ、だから・・・、別に、そんなことはしてないって・・・。」
哲司は、千佳の最後の言葉に抵抗する。
「ん? で、でもさ・・・、私たちの後をつけたのは認めるでしょう?」
千佳は、哲司に反論されたことで、持ち前の正義感に火が付いたようだった。
「そ、それは・・・。」
哲司は、(しまった、言わなければ良かった)と後悔をする。
「あそこのウインドウが鏡みたいになっててね。」
ミチルが、目の前の横断歩道の向かい側を指差して言う。
(つづく)