第6章 明日へのレシピ(その54)
「じゃあ、何をしているの?」
千佳が畳み掛ける。
哲司が「仕事中か?」との質問に答えなかったからでもある。
「べ、別に・・・。バスを待っているだけで・・・。」
哲司は、彼女達のお陰で、自分が本来何をしようとしていたのかを思い出す。
そうなのだ、バスに乗って実家へと向かう途中だった。
「でも、ここにはバスは止まらないわよ。」
千佳は哲司に話を途切れさせない。
確かに、言われればそのとおりだった。
今、哲司が座っている長椅子は、横断歩道のまん前にある。
どうしてこの位置に長椅子が設置されているのは知らないが、少なくともバス停の長椅子ではない。
それだけは事実のようだ。
「ねぇ、暇だったら、御飯かお茶、ご馳走してくれない?」
千佳が、少しの間を空けて、屈み込むようにして言ってくる。
つまり、哲司の耳元に声を近づけて囁くように言う。
「ん? ど、どうして、俺が?」
哲司は、(これは完全に逆ナンだ)と思った。
「だって、私たちのこと、ナンパしようって思ってたんでしょう?
だから、付けてきたんでしょう?」
「えっ! つけた?」
哲司は、口ではそう言いながらも、内心では(わっ! やっぱ、気づいていたんだ)と思う。
完全なる敗北である。
「だから、付き合ってあげようって思って・・・。その代わり、変なことは無しよ。」
「へ、変なこと?」
哲司は、反射的にそう問い返す。
まさか、こんな道端で、しかも駅前のロータリーという公道で、そうした会話が出てくるとは思っていなかったからでもある。
と、同時に、ナンパをしようとしたのではないとの抗弁をする機会を失った。
自らそれを肯定するような言葉運びとなってしまう。
「だ、だからさ・・・。変なこと・・・よ。」
千佳はそれ以上の具体的な言葉は口にしない。
ただ、それを繰り返すことで、その約束が出来ないのであれば、直ちに撤退するとの強い意志を示したつもりのようだ。
「・・・・・・。」
哲司にも、千佳が言っている意味は何となく分る。
それでも、それに対する答えは、どう考えても出てこない。
「ファミレスか、牛丼で良いんだけれど・・・。」
今度はミチルが言ってくる。
どうも、ふたりの役割分担が出来ているようだ。
(つづく)