第6章 明日へのレシピ(その50)
「はい・・・、また・・・か・・・。」
哲司は、自分で言った最後の言葉を繰り返している。
(何となく、良い言葉・・・。)
そう思う。
まさに何気ない電話での会話だが、「またね・・・」とは、これからの将来をある程度約束する意味があるような気がしてくる。
女性が言った「いずれ・・・」というのも、そんなに遠くの話ではないだろう。
漠然とはしているものの、何かがあれば、いつでも「コンコン」とノックが出来る部屋を見つけたような感じがする。
「でも、やっぱりそうなんだ・・・。」
哲司は、その一方で、見えているドアを叩けない部屋があることに気を重たくする。
女性が言ったとおり、やはり妊娠後の定期検診はそうそう変更されるものではないようだ。
とすれば、奈菜が今日検診に行ったと言うことがどういう意味を持つのかが分らない。
女性は、病院の都合での変更は殆ど可能性は無いだろうと言っている。
だから、明日の予定を今日に繰り上げたのだとしたら、それは奈菜の意思によるものだろうと。
だとしたら、その理由は一体何だったんだろう?
哲司は、また、今朝受け取った奈菜からのメールを画面に呼び出す。
今朝の時点では、明日だと言っている。
あれから、コンビニのバイトに入った筈だ。
確か、10時〜15時のローテだ。
その勤務を予定通りこなしたのであれば、当然に病院へ行っている暇は無いだろう。
今は、午後の4時を少し回ったところだ。
バイトを終えて飛んで行っても、この時間に「検診が終りました」とはならないのではないか。
(途中でバイトを切り上げたんだろうか?)
普通の店だと、そうそう簡単に自分の都合で勤務時間を変更することなど出来はしない。
代わりの要員を確保するのが難しいからだ。
それでも、奈菜がバイトしているある店は、奈菜の叔父が店長だ。
その点、そうした普通のバイトでは通らない無理でも、ある程度は融通が利くのかもしれない。
今日、検診に行ったというのが事実だとすれば、そういうことなのだろうと思う。
問題は、「じゃあ、どうして急遽、今日にしたのか?」だ。
体調が悪くなった?
そうも考えてはみるが、もうひとつピンとこない。
それに、結果として「順調だと言われた」との奈菜の言葉がある。
「やっぱり、試されたんだろうか?」
哲司の気持は、どうしてもそのことへと回帰してしまう。
(つづく)