第6章 明日へのレシピ(その49)
「ど、どうなんでしょう・・・。」
哲司には、そうした自覚も自信もありはしなかった。
「不思議なものですねぇ・・・。」
女性が呟くように言ってくる。
「えっ! な、何がです?」
「いえね、薫ですよ。」
「ああ・・・、薫ちゃん・・・。」
「あの子ったら、今、お爺ちゃんに抱っこされてるんですよ。しかも、ニコニコして・・・。」
「そ、そうなんですか・・・。良かったじゃないですか。」
そうは言ったものの、哲司の気持には嫉妬のような感情もあった。
「父がビックリしてるんです。今までは、父が抱こうものなら泣き出したんですけれど・・・。
きっとね、これも巽さんのお陰だと思うんですよ。」
「ん? どうしてです?」
「それは、良くは分りませんけれど、今日、ああして巽さんに抱いてもらったお陰で、この子の何かが変わったような・・・、そんな気がするんです。
駅まで父が迎えに来てくれたんですが、もうその時からニコニコ顔で・・・。
車の中でも、運転している父に、薫が盛んに話しかけたりするんですもの・・・。
今まででは、考えられないことでした。
きっと、この子の中にあった男性恐怖症みたいなものが、巽さんに抱いてもらったことで無くなったんじゃないかと・・・。」
「そ、そうでしょうか?」
「はい、きっとそうなんだと。それ以外には考えられないんです・・・。
巽さんが元来持っておられる優しさ、そういうものが、あの子の中に沁み込んだ。
そんな気がするんです。
ですから、その彼女さんも、この子と同じなんじゃないですかねぇ。
巽さんのその優しさに触れられたい・・・。そう思われてるんじゃないでしょうか。」
「・・・・・・。」
「ああ、長話をしてしまいましたね。また、こうして時折お電話させて貰っても構いませんか?」
「ええ、それは構いませんが・・・。」
「ほ、ほらね。そうしたふとしたことにも、巽さんの優しさが出るんですよね。
有難うございます。そのお言葉に甘えることがあると思いますが、その時にはよろしくお願いしますね。」
「い、いえ、・・・こちらこそ。」
「では、彼女さんに、頑張って幸せになってくださいねってお伝えください。
私でお役に立てることがあれば、何なりと仰ってくださいね。
では、いずれまた・・・。」
「あっ、はい・・・、また。」
それで、電話が終る。
哲司の瞼に、奈菜とあの女性と、そしてあの赤ん坊の顔が交差するように次々と浮かんでくる。
(つづく)