第6章 明日へのレシピ(その47)
哲司は、前後の事を考えないで、まずはそのファッションビルを出る。
ひとつには、頭を冷やさなければ・・・との思いがあってのことだし、奈菜に電話を折り返すにしても、あの場所では如何にもマズイと考えたからだった。
丁度、目の前の横断歩道の信号が青だったから、そのままの勢いでそれを渡る。
つまりは、元いたロータリーに戻る形となる。
まずは、目に付いた長椅子に腰を下す。
走ったわけでもないのに、どうしてか息が苦しい。
何をする意思でもなく、まずは携帯電話を再び取り出す。
もう一度、朝のメールを画面に表示する。
「明日、検診に行ってきます。」
何度読み直しても、確かにそう書いてある。
(奈菜ちゃんが打ち間違えた?)
哲司は、ひとつの可能性としてそう考えてみる。
でもなぁ・・・。そう思う。
ボタン上で指を動かせてみる。
「今日」と「明日」では、どう間違っても変換ミスではない。
やはり、明らかに「明日」と意識して打たれた筈だ。
(だったら・・・、どうして今日の検診になった?)
問題は、その1点に絞られる。
そうしている掌の中で、また電話が鳴った。
哲司は着信画面を凝視する。
090で始まる電話番号だけが表示されてくる。
「ん? 誰?」
登録されている相手であれば、その画面には電話番号と名前が表示される筈である。
つまりは、この番号は哲司が登録をしていない相手からだということになる。
(出るか、出まいか?)
哲司は迷う。間違い電話の可能性だってある。
だが、その相手は哲司が出てくるのをひたすら待っているように、電話を切ることをしない。
呼び続けてくる。
「はい・・・。」
哲司が電話に出る。もちろん、名乗りはしない。
「稲垣です。先ほどは、いろいろと有難うございました。」
女性の明るい声だった。
「い、稲垣さん?」
「美和です。電車でご一緒した・・・。」
哲司の瞼に、あの赤ん坊の笑顔が思い浮かんだ。
(つづく)