第6章 明日へのレシピ(その45)
とは言え、その周辺から離れるつもりは無い。
(う〜む・・・。女性のトイレは長いものだとは知ってはいたが・・・。)
哲司は、トイレの出入り口を睨むようにしながら考える。
(一体、何をしてるんだろう?)
現実の女性トイレを見たことが無いのだから、後はテレビドラマなどに出てくる化粧室のイメージをダブらせるぐらいしかできない。
長いのは、やはりメイク直しにそれだけ時間を掛けるからなのだろう。
そう思うしかない。
と、ポケットの中で携帯電話が鳴った。
急いで出る。こんな場所で、やたらに着メロを鳴らせたくは無かった。
「今、良い?」
奈菜だった。
「ああ・・・、い、今、外だから・・・、ちょっと騒々しいけれど・・・。な、何?」
哲司はうろたえた。
別に携帯電話だからといって、どこにいるかまでは分らない筈なのだが、理由は兎も角として、ふたりの女の子の後を付けている現場を奈菜に見られたような気がしたのだ。
「べ、別に・・・、これってことは無いんだけれど・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、冷や汗が浮き出るのを感じる。
「今日、検診を受けに行って・・・。」
「ああ・・・、そうだったね。で、どうだった?」
哲司は、取って付けたような答弁に終始する。
「順調だって・・・。特に、問題はありませんって・・・。」
「そ、そっかぁ〜・・・。それは良かった・・・。」
「もう、おうちに着いたの?」
「い、いや・・・、まだなんだ・・・。」
哲司は奈菜に何かを探られているような気になる。
「こっちに着いてから、ちょっと知っている人に出会ったもんだから・・・。」
哲司は、自然と手を額にやる。
嘘や言い訳をするときの癖である。
「そ、そうなの・・・。だったら、お邪魔だね。」
「いや、そ、そんなことは無いけれど・・・。」
「てっちゃんにお願いがあるの。」
「な、何?」
「今夜、また声が聞きたいから、電話しても良い?」
「ああ、それは構わないけれど・・・。」
「何時ごろだったら良い?」
「う〜ん・・・、8時過ぎだったら・・・。」
哲司は、あまり深く考えないで、そう答えた。
(つづく)