第6章 明日へのレシピ(その44)
(ああ・・・、やっぱり、奈菜に似てる!)
哲司は、目の前の店員の顔を穴が開くほど見つめてしまう。
いや、この店員の方がお姉さんなのだろうから、奈菜がこの人に似ていると言うべきなのだろうが、それにしても・・・と思う。
「ええっ! な、何か、失礼なことを申し上げましたでしょうか?」
哲司に見つめられた可愛い店員が目のやり場に困ったような顔で言う。
「あっ、そうじゃなくって・・・。僕の知ってる人にとても似ておられたので、つい・・・。ごめんなさい。」
「・・・・・・。」
哲司は、言ってしまってから、「しまった!」と思った。
ナンパの際によく使われる言葉だとの意識が沸いて来る。
案の定だった。不安が的中する。
ふたりのやり取りを後ろで聞いていたのだろう。
中年の恰幅のあるおばさん店員がのそりと出てきた。
「北川さん、こちらのお客様は私がお相手をしますから・・・。」
そう言って、自らが前面へと出てくる。
そして、今まで対応してくれた可愛い店員を自分の後ろへと隠すようにする。
「私、売り場主任の佐々木と申します。どうぞ、お見知りおきを。」
おばさん店員が名刺を取り出してくる。
「はぁ・・・。」
哲司は、それだけしか言えない。
「このリングをペアでということでございましょうか?」
「い、いえ・・・、まだ、そうとは・・・。」
哲司は冷や汗が出そうになる。
それと同時に、さすがは売り場主任を任されるだけのことはある人だと感服する。
一瞬の隙を突いて、若い店員をナンパから守ると同時に、すぐさま攻勢に転じてくる。
気の弱い男であれば、これだけで何かを買わされそうだ。
もちろん、哲司は逆立ちしてもこうしたリングを買える立場ではない。
トイレのふたりは依然として出てくる気配は無いが、そろそろこの場を撤退しないと、いかにもマズイ。そう思う。
「一度、彼女と相談してみます。僕だけでは決められないんで・・・。」
哲司は、口からでまかせを言った。
いや、心の奥底では、決して完全な嘘を言っているという意識は無い。
もし、自分に十分な金銭的余裕があれば、このリングを奈菜のために買ってもいいとまで思うぐらいだ。
「左様でございますか? でしたら、今度は是非おふたりでご来店くださいませ。」
「はい、そうします。では、これ、頂いておきます。」
哲司は、そう言って彼女が差し出した名刺をポケットに仕舞いこむ。
決してデタラメを言ってるんじゃないですよ、という意味も込めている。
「じゃあ・・・。」
そう一声掛けて、哲司はその売り場から離れた。
(つづく)