第6章 明日へのレシピ(その42)
(だったら、どうして、何のために?)
哲司は、自分の中にあるそうした疑問を意識しつつも、敢えてそれを封印する。
(良いじゃない? 滅多に無い事なんだし・・・。)
その一言で自分を正当化する。
正直言って、どうしてそんなことをする気になっているのかは分っていないのだ。
ふたりの女の子は、横断歩道を渡り切ると、すぐさま目の前にあったファッションビルに入っていく。
まったく躊躇もせずに入って行ったから、恐らくはあの横断歩道で信号待ちをしている間にこのビルに行こうと相談がまとまっていたようだ。
哲司も間に何人かの人を挟むようにして、その後を追う。
男一人でこうしたビルに入るのは多少抵抗があるのだが、ここまで来て、今更撤退は出来ない。
ふたりの女の子は1階のフロアーをまっすぐに突き進む。
このフロアーは、女の子がつい覗いてみたくなるようなイアリングやネックレスといった装飾小物を売っているようだ。
そうしたものがすらりと並んだショーケースが眩しく見える。
哲司もまるでそうした物でも物色しているかのように、辺りをキョロキョロしながら付いて行く。
「対象者を凝視するのは駄目だ」と例のドラマで主人公が言っていたからでもある。
と、先を行く女の子達が突然のようにある角を曲がった。
それも、いかにも予定の行動であるかのような曲がり方だった。
急いで哲司もその角まで行く。
そして彼女達が行った方向に視線をやる。
ここで巻かれてたまるものかという気持もある。
(ん! ・・・・・・。なんだ・・・、そういうことか・・・。)
哲司はそこで足を止める。
その視線の先にあったのは、女性用トイレだった。
ふたりの後姿がその中へと消えるのが見えた。
哲司は笑えてくる。
最初、このファッションビルに彼女達が入るのを見たとき、「どうして、こんなところへ? 金もあまり持ってないんだろ?」という嫌味な思いがした。
だが、その目的が「トイレを拝借する」ためと分って、「うんうん、それなら分る」と自分が頷けたからだ。
哲司も彼女達の事が言えた義理ではない。
いつも金は無かった。
「金に困る」という追い込まれるような気持はなかったが、それでもこうして街に出ると、トイレのために喫茶店なんかへは入れなかった。
彼女達と同じように、買い物をしないでもトイレが使える雑居ビルやパチンコ店のトイレを使った。
「いらっしゃいませ。何か、お探しでございましょうか?」
気が付くと、目の前のショーケースのところに可愛い店員が立っていた。
(つづく)