第6章 明日へのレシピ(その35)
「後悔してるんですか?」
ミチルはまだ納得をしていないようだ。
「そ、そうねぇ・・・、してないと言えば、やっぱり嘘なんだと自分でも思う。」
「でも、セクハラされるような会社だったんでしょう?」
「う〜ん、まぁね。でも、今から考えたら、人格までは否定されてはなかった。
私を、ひとりの女の子として扱ってくれてたような・・・。」
「そ、それは、エッチな対象としてでしょう?」
「確かに、それはあったとは思うわ。“よっ、おはよう”って挨拶するときに、ブラのところにわざと肩を当ててきたり・・・。」
「で、でしょう?」
「そんときは、無性に腹が立ったし、どうして私だけがそんなことをされるのよって悔しかった。
だってね、他の女性、つまりは40代や50代のおばちゃんには、絶対にそんなことはしないんだもの。」
「ほ、ほらねっ! 若い女の子だから狙われたんですよ。だから、若い子が定着しなかったんじゃないです? その会社。」
「う〜ん、それはそうだったのかもしれない。他に若い子はいなかったし・・・。
でも、どこか温かな部分があったような・・・。」
「そ、そんなぁ〜。セクハラに温かいも冷たいも無いでしょう?」
「セクハラって考えてるのはこっちだけ。あの男の人達にはそうした感覚って無かったのよね。だから、ちょっとした冗談のつもりだったのよ。」
「ど、どうしてそんなことが言えるんです?」
ミチルが千佳の顔を覗き込むようにして訊いている。
「今の店さ、店長が言うじゃない? 男女を問わず、同じ仕事をきちんとしてくれって・・・。」
「ええ、私も、今日、そう聞きましたけれど。」
「確かに、ファーストフード店なんだから、マニュアルどおりに調理して、マニュアルどおりに接客して、マニュアルどおりに清掃して・・・。
勤務時間は厳守で、絶対に遅刻はするな、無断欠勤は即刻辞めてもらう。
言われることはひとつひとつ頷けるんだけれど、何か、どこか、人間らしくないって気がするの。」
「ど、どうしてです?」
「ミチルは、自然だと思う?」
「自然かどうかは分りませんが、仕事って、どこでもそうしたものじゃないんです?」
「誰がやっても同じ味? 誰が接客しても同じ言葉? それって、まるでロボット。
最近、そう感じるようになってきて・・・。」
「逆に言えば、それだから、私みたいなものでも仕事が出来るってことじゃ無いんですか?」
「う〜ん・・・、だから、使い捨てにされても文句は言えない?」
千佳が足元を見つめるようにして呟く。
(つづく)