第6章 明日へのレシピ(その34)
(自業自得ってか・・・。)
哲司は、まるで自分に向けられた言葉のように心の中で呟きなおす。
「やっぱ、人間関係です?」
ミチルが訊いている。
「そうねぇ・・・。あの業界って、完全な男社会だしね・・・。
女は不浄のものっていう考え方があって・・・。」
「フジョウのもの?」
「そう、こんな字を書くの。」
千佳は、そう言って、ミチルの手を取ってその掌に「不浄」と書いてみせる。
「どういう意味です?」
「要は、汚れた存在ってこと。」
「えっ!女がってこと?」
「そ、そう。だから、酒造りをしている場所には、私たち女性は入ってはいけないって規則があって・・・。」
「そ、それって、完全な男女差別じゃないです?」
「そうね。でもねぇ、そんな話が通じる世界でもないし・・・。」
「だからって・・・。」
「相撲の世界と同じなの。」
「相撲?」
「大相撲って、男の世界でしょう?」
「まぁ、それはそうなんでしょうけれど・・・。」
「数年前だったか、地方場所で女性知事が土俵に上がる上がらないで揉めたの。
でも、結局は昔からの習慣に従って、女性は土俵に上げないってなったのよ。
男女平等という精神よりも、伝統の重みが勝ったってこと。
酒造りってのも、そうした昔からの伝統を引き継いでいる世界だから・・・。」
「だからって・・・。」
「女は不浄のもの。そう言っているくせに、宴会なんかには芸者さんを呼んでどんちゃん騒ぎ。
それだけなら、まだ許せるけれど・・・。
私がちょっとでも短いスカートを履いてたら、わざと高いところのものを私に取らせたりするの。
ま、独身の女の子って、私ひとりだったしね。」
「そ、それって、完全なセクハラ・・・。」
「そうよ。それが日常茶飯事。そんなこと何とも思ってないんだから・・・。
だから、ぶち切れちゃって・・・。で、もう辞めますって・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、今考えたら、馬鹿なことしたなぁって・・・。」
千佳は、溜息混じりにそう言う。
「えっ! ど、どうしてです? そんな会社、辞めちゃって正解じゃないです?」
ミチルは意外に思ったようだった。
「給料もそこそこだったし、仕事も楽だったし・・・。それに、女将さん、つまり社長の奥さんなんだけど、その人が優しくしてくれてたし・・・。
ま、それだけ、世間知らずだったってことかな?」
千佳が自嘲するように締めくくる。
(つづく)