第6章 明日へのレシピ(その33)
午前の2時過ぎだったろうか。
読んでいた全10巻の劇画を読み終えた。
(こんなんだったら、もっとじっくり読むんだった・・・。)
哲司はそう思った。
兎も角、読み終わった本を元あった棚に戻す。
と、急激に睡魔がやってくる。
大きなあくびが出る。
店に入ったのが午後の5時過ぎだったから、既に9時間。
その間、好きなものだとは言っても、本を読み続けていたのだから、さすがに疲れている。
学校の教科書がこれぐらい面白ければなぁ・・・と苦笑する。
席に戻って、改めて周囲を見渡す。
今までは劇画を読むのに集中していたから気が付かなかったが、店の中の雰囲気はやはり相当に変わってきていた。
明らかに、夜の雰囲気なのである。
昼間は、と言っても夕刻からだが、勤め帰りのOLやサラリーマン、それに大学生だろうと思われる人が多かった。
いわゆる年代は比較的若かった。
だが、日付が変わった今は、女性の姿は全く無かったし、同じサラリーマンでも30代40代が主力で、皆疲れたような顔をしていた。
漫画を読むというより、「兎に角寝る」という人が多いようだった。
何冊かの漫画を机の上に重ねて、その上に頭をおいて寝ている。
哲司のように、ちゃんと本を読んでいる人は疎らだった。
哲司は、何か場違いな世界に自分が紛れ込んだような違和感を感じた。
(俺って、どうしてここにいる?)
「じゃあ、ミチルは、昨日まではどうしてたの?」
千佳が訊いている。
「昨夜は、24時間営業の喫茶店にいました。その前、3日ほどは友達の所に泊めてもらってたんですけれど・・・、彼氏が来るからって・・・。」
「仕事は?」
「実は、先月まで、とある工場で契約社員として働いていたんですが、その工場が集約されることになって、契約が打ち切られたんです。
で、同時に寮も出てくれって言われて・・・。
3年も働いてきたのに・・・、ですよ。」
「そうだったんだぁ・・・、でも、最近、よく聞くよね。同じような話。
今いた佐和子って子も、確か契約社員だったって言ってた・・・。」
「千佳さんは?」
「う〜ん・・・、私の場合は、自業自得ってところかなぁ。」
「自業自得?」
「うん。酒造会社に就職したのに、嫌になって、自分から辞めちゃったんだから・・・。」
この千佳の言葉に、哲司は一瞬、ドキリとするものを感じた。
(つづく)