第6章 明日へのレシピ(その29)
その誰かの一言で、周囲からは誰も何も言わなくなった。
問われた千佳という女の子がどう答えるかに注目が集まったようだった。
無視を決め込んでいた哲司も、この会話にはさすがに関心を持った。
何気なく辺りを見渡すような雰囲気で、それとなく彼女達のグループがいる方向へと視線を回す。
「じゃあ・・・、もういいです。悪いし・・・。」
そう言ったのは、そのグループから少し距離を置いて立っていた女の子だった。
その子がミチルという新人のようだ。
連れてきてくれた千佳という子に気を遣って、自らが辞退を申し出たのだろう。
「う〜ん・・・、皆が駄目って言うんだったら、私が抜ける・・・。」
皆の視線を浴びていた千佳という子が、後ろにいたミチルを振り返ってそう言った。
(ほぅ〜・・・、偉いな、この子。)
哲司は、何となくそう思った。
自分が連れてきた女の子が一緒に行けないのなら自分が抜ける。つまりはそのグループから外れると言ったのだ。
哲司もかつてはそうだったが、一旦出来たダチグループ、つまりは“友達の輪”は、そうそう簡単に崩れるものではない。
ましてや、自分から“抜けます”とはとても言えるものではない。
学校でもそうだったし、社会に出て就職をしてからもそうだった。
先ほど、電車の中で知り合った高木は、「人間、どこかに帰属して生きている」と言っていたが、その最小の単位がこうしたダチグループのような気さえする。
「千佳が面倒見るって言ったって・・・、まだ、今日知り合ったばっかしなんだろ?」
最初に哲司の横にバッグを寄せてきた女の子が言う。
どうも、彼女がリーダー的存在のようだ。
「うん・・・、でも・・・。」
千佳が唇を噛むようにして答えている。
「じゃあ、千佳自身、その子がどんな子なのかも知らない訳じゃん? だろ?」
「う、うん。」
「千佳がその程度の段階じゃあ、まだ、一緒にって所までは・・・。
ま、数日経ってみてさ、千佳が本当にその子のこと、信用できるって思うんだったら、またメールしなよ。
そん時、また考えるよ。」
「わ、分った・・・。」
「言っとくけど、これで千佳が抜けた訳じゃないし・・・。千佳だけなら、いつでも戻れるからね・・・。
じゃあ、行こうか。」
その一言で、そのグループが動き始めた。
哲司が座っていた長椅子からも、彼女達のバッグが持って行かれる。
(つづく)