第6章 明日へのレシピ(その27)
このターミナルでは、乗降が同じ停留所で行われる。
大都市だと、お客を降ろす停留所と乗せる停留所が区分されているターミナルもあるが、この地方都市ではそこまでの混雑は想定していないようだ。
そのバスから10人前後の乗客が降りる。
そして、その中のひとりが哲司に向かって手を振ってきた。
これまた若い女の子である。
(そんなわけは無い!)
哲司はそう思った。
案の定である。
彼女が手を振ったのは、哲司の後ろの鉄柵に腰掛けていた例のふたり連れだった。
「私が最後かと思ってた。千佳はまだみたいね?」
降りてきた女の子がそう声を掛けながら哲司の横をすり抜ける。
これまた、大きなバッグを肩から下げている。
「千佳は馬鹿なんだよ。」
腰掛けていたふたりのどちらかがそう答える。
声だけでどっちの子なのかは、哲司には分らなかった。
「どうして?」
「あの子、人が良すぎるんだよ。定時になったらすぐに上がれば良いのに、店が混雑していると、それが一服するまでやってるんだらかね。賃金ももらえないのに。
だから、馬鹿だって言うのよ。」
「それって、店長か誰かにゴマ擂ってるってこと?」
「そうじゃなくって、交代に入る人の中にカッコいい子がいたりして・・・。」
「まさか? いまどき、ファーストフードで働く男って、そんなカッコ良い奴なんていないよ。」
「そうよねぇ、うちの店にも40代のおっさんが入ってるけれど・・・。誰も相手しないもんだから、ひとりでコツコツ仕事してるわよ。チョウ寂しそうに・・・。」
「そんなんだったら、“今夜どう?”って誘ったら、ホイホイ付いてくるんじゃない?」
「冗談言わないで! 何であんなおっさんと!」
「でもさ、“売り”やるときゃ、そうも言ってられないんじゃない?」
「そりゃまぁ、それはそうだけれど・・・。」
「目を瞑ってやれば良いんだよね。何しろ、時給1万だもの。」
「しっ! ・・・・・・・。」
彼女達に背を向けている哲司には、どの子が何を言ったのかは一切区別が付かない。
それでも、黙って聞いておれば・・・との思いはあった。
それを察知したのだろう。誰かがそうした会話を「しっ!」と言う一言で封印した。
しばらくの沈黙があった。
「それにしても、ほんと、千佳遅いよね。先に行く?」
「う〜ん、も少しだけ待っていてやろうよ。」
「電話してみようか?」
また、にぎやかな会話が始まった。
(つづく)