第6章 明日へのレシピ(その24)
高木の乗ったマイクロバスが大通りの中に吸い込まれるようにして消える。
哲司は、その方向をじっと見ている。
何てことは無い。
たまたま電車の中で話しかけられた男性の仕事の一場面に遭遇しただけ。
それを、まるで野次馬のように遠巻きに眺めただけ。
そして、それが今、見えなくなっただけ。
たかが数分のことだ。
哲司とは何ら関係はないことばかりだ。
確かに、それはそうなのだが・・・。
哲司は、見送ったマイクロバスに、自分もいずれは乗るようになるのかもしれないという恐怖にも似た感情を覚えた。
どうしてなのかは、自分でも分らない。
哲司は駅ビルを見上げるようにする。
線路を跨ぐ形で作られた面白いデザインのビルだ。
確か、5年ほど前に改築されたものだった。
1階が駅で、それに銀行のATMコーナーとファーストフード店、それにコンビニと本屋がある。
2階は飲食店街、3階と4階がショッピングモールのようになっている。
この駅ビルだけでも、相当な人が働いている。
正確な人数は知らないが、仮に1フロアーに100人が働いているとしたら、4階建てだから400人ほどだ。
それでもだ。
1階の私鉄に勤める人は別にして、残りは殆どがパートかアルバイトだろう。
コンビニ、ファーストフード店、本屋、喫茶店、レストラン、食堂、ラーメン店。
それに、ショッピングモールのテナント・・・。
どれひとつをとっても、正社員だけで運営している店なんてありゃしない。
つまりは、この駅ビルだけでも、300人ほどの正社員でない人が働いているということになる。
いやいや、そうしたパートやバイトは、そんなに長時間のものはないから、延べ人数にすればその3倍はいるだろう。
単純に言えば900人ほどか・・・。
この市は、確か総人口が9万弱だ。
つまり、生まれたばかりの子供から、寝たきりとなっている老人までを含めて9万。
そのうちの900人が、毎日、この駅ビルに来て短時間の労働に従事している。
つまりは、人口の1%がここで働いているという計算になる。
しかも、いわゆる「非正規雇用」でだ。
哲司は、今まで、この駅ビルに来て、そうした目で見上げた事は一度も無かった。
私鉄からバスに乗り換える空き時間を潰すのには持って来いの場所ぐらいにしか思わなかったが、どうしてか、今日は、ふとそんなことを考えたりする。
「君の代わりなんていくらでもいる。」
派遣会社からそう言われたと言った高木の顔が、その駅ビルの窓に浮かんできそうだ。
(つづく)