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第6章 明日へのレシピ(その22)

高木が苦笑いをする。

それは、自分自身へと、そして哲司に見せるためだろう。

「こんなこと、日常茶飯事、慣れてるから大丈夫ですよ」とでも言っているようだ。

あるいは、「とんでもないところを見せちゃったなあ」と思ってのことなのかもしれない。


他人事に拳を握った哲司は、穴でも探して入りたい気持になる。

と、同時に、「さすがにあの人は大人だなあ」と高木の対応に感心する。

哲司だったら、あそこまで言われたら、きっとあのおばちゃんをただでは置かなかった筈だ。

我慢の限界を超えている。

手を出すところまでは行かないまでも、悪態ぐらいは吐いただろう。

いや、やはり肩を突くぐらいのことはしたに違いない。

「舐めやがって!」という怒りがある。

それで、今の仕事を失ったとしても、それはそれで納得をする。

そこまで自分を押し殺してまで、仕事なんかするものか。

そういう意識が根底にある。


それだからこそ、哲司にすれば、そうした高木の態度はある種の衝撃だった。



高木は、自分の口から「派遣社員をしている」と言っていた。

それは、自分を卑下するのではなく、かと言って、その現状に満足をしている風でもなかった。

今の給料だけでは足りないからと、翻訳のバイトをしていることでもそのことは分る。


「でもさ、たかが派遣業務だろ? そんなもの、いくらでもあるんじゃないのか?」

哲司は、そう考えている。

もちろん、哲司にはそうした人材派遣会社に登録した経験は無いし、現状が正確に理解できているとは思っていない。

だけれども、哲司が利用している携帯のバイト情報サイトを見る限り、そうした仕事は毎日毎日、それこそ腐るほどにある。

それを、派遣業務としてやるか、バイトとしてやるかの違いだけなんだと。


確かに、バイトはその日その日が勝負だ。

安定した固定収入が保証されているわけでもないが、逆に言えば、それだけこちら側に選択権がある。

つまりは、したくない仕事、仕事に見合わない賃金だと思えばそれはスルー出来る。

当面、欲しい賃金と、その仕事内容で、こちらが選べば良いのだ。

面接なんて邪魔臭い手続きもない。学歴も容姿も関係ない。

要は、約束の場所に約束の時間までに行けばよいのだ。

そして、言われた作業なりをこなす。

そうしさえすれば、約束した賃金が手に入る。

しかも、それは現金で即日だ。

これほど、シンプルな取引は無い。

まさに、現在の哲司にはピッタリの働き方だ。


そう思うからなのだろう。

「どうして、あそこまで酷いことを言われて我慢するんだ?」

マイクロバスの傍で、もうひとりの待ち人の姿を探す高木に、そう声を掛けたくなっている。



(つづく)




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