第6章 明日へのレシピ(その21)
(仕方が無い、どこかで時間を潰そう。)
哲司はそう思う。
本屋でも覗こうかと、今出てきたばかりの駅ビルへと戻る。
と、その途中、10人ぐらいが乗れる小型のマイクロバスの傍に高木の姿があるのを見つける。
哲司は、ふと足を止めた。
別に、高木に声を掛けようと思ったのではない。
その高木の周辺にいる人達とのコントラストに違和感を感じたからだった。
(高木さん、これから仕事だって言ってたよなぁ・・・。)
高木は、電車の中で見かけたそのままの服装だった。
スーツを着て、ネクタイを締めて、眼鏡を掛けて、髪もきちんと整えている。
とても派遣社員として働いているとは思えない雰囲気だった。
それなのに、その周囲にいる人達は、非常にラフな服装だった。
女性が多いようだったが、まるでこれからどこかへ遠足にでも出かけるところ、と言った感じだ。
セーター姿やジャージー姿が目立つ。
誰ひとりとして、スーツを着ている人はいない。
(あの人達、同じ仕事場に行く人なんだろうか?)
哲司はその場から、その様子を眺めていた。
距離にして30メートルぐらい離れている。
「じゃあ、点呼を取ります。」
そう言ったのは、あの高木だった。どうやら、リーダー格のようだ。
そして、名簿の様な紙切れを取り出して、ひとりひとりの名前をチェックしている。
そして、確認できた人からバスに乗せている。
「あれ? 浅田さんと山下さんは?」
周囲に訊いている。来るべき人が来ていないようだった。
そこに、ひとりの女性が駅の方から駆け出して来る。
40代のちょっと太ったおばちゃんだ。
「ああ・・・、山下さん、時間厳守でお願いしますよ。」
高木がそう言っておばちゃんを迎える。
「何を細かい事を! ちゃんと出発までに来てるんだから、良いでしょう? 堅い事、言うもんじゃないよ。そんなんだから、いつまで経っても派遣なんだよ。
班長だからって、威張るんじゃないよ!」
おばちゃんが大声で文句を言う。まるで、周囲に吐き散らすかのようにだ。
それを聞いていた哲司は、思わず拳を握る。足も、半歩前に出る。
むかっ!とするものがあった。
そして、高木の様子を注視する。いざとなったら、助っ人に行くつもりだった。
「はいはい、乗って。」
高木は冷静だった。そう言って、おばちゃんをマイクロバスに押し込める。
そして、バスに背中を見せるようにして振り向いた。
哲司と高木の視線が合った。
(つづく)