第6章 明日へのレシピ(その18)
「“自由証明書”?」
哲司がオウム返しに言う。
そんなものがある訳ではないが、高木がそのフレーズを使った感覚は何となく分るような気がする。
だからこそのオウム返しなのだ。
「言い換えれば、“自由でいられる許可証”ですかね。」
高木は、自分に言い聞かせるようにしてひとつ頷く。そして、言葉を続ける。
「僕らは、車を運転するには“運転免許証”っていうのが必要ですよね。
取得しただけじゃあ駄目で、車を運転するときには必ず身につけていなければならない。そうでなければ、“免許不携帯”で違反となっちゃう。
でも、その免許証を携帯しなくっても、いや、極論すれば免許停止の処分を受けていても、車を運転する事はできますよね?
それだけの技術はあるんですから・・・。
「まぁ、それはそうですが・・・。」
「僕の感覚では、銀行の破綻で、まるで突然にその運転免許証を取り上げられたって気がしたんです。
それもですよ、僕が重大な事故や違反を犯したのでもないのにです。」
「・・・・・・。」
「それでも、運転技術はちゃんと身につけているんだから、また免許を取得すればいいやって思ってたんです。
だから、少しの間はのんびりしようって・・・。
やはり、社会人になってからは、それなりのストレスを感じていましたからね。
生意気にも、気分転換を図ってからなどと・・・。」
「そ、そうですねぇ・・・。」
哲司は、自分が家電量販店に勤めはじめた頃のことを思い出している。
「で、その運転免許証って、車を運転するときには絶対に必要なものなんですが、もうひとつの機能を持っているんですよね。」
「ん? もうひとつ?」
「ええ、自分自身がどこの誰であるかを証明できる機能です。」
「ああ・・・、なるほど。」
「その機能を失ったことに気がついたんです。」
「?」
「人間って、常に、どこかに帰属してるんですよね。
小さい頃は誰々さんの子供さんなどと親に帰属する。
そして、学校に通い始めると○○学校何年何組の誰それとなって、社会人になると、○○会社に勤める誰それさんって言われるようになる。
親が24時間傍にいる幼少の頃は別にして、それ以降は、誰しもがどこかに帰属してるんです。
その帰属先を失ったってことです。」
高木は、座席の後ろに出していた辞書もビジネスケースに押し込んで言う。
そして、降りる準備が出来ましたという顔をした。
(つづく)