第6章 明日へのレシピ(その15)
「それは、高木さんにそれだけの魅力があったからなんじゃないです?」
哲司は、改めて隣の席にいる男性の顔を見る。
確かに知的で端正な顔立ちだ。
俗に言う「イケメン」ではないにしても、若い頃には結構モテただろうと想像できる。
哲司とはその点が大きく異なる。
「知り合った当時、僕はもう31歳になってました。
銀行に就職した時には、30歳までには結婚をしたいし、するだろうなと思っていたんですが・・・。
不思議なものでねぇ・・・。」
高木はそう言って苦笑する。
「ん? 何が?」
「銀行がああなってからというもの、僕は自分に自信がなくなったんですよ。
そりゃあ、破綻したのは僕の責任じゃありませんけれど、そんな銀行を選んだ自分に落胆しましてね。
な、なんで、僕の勤めた銀行だけが破綻なんかするのかって・・・。
で、しばらくは再就職のこともなかなか考えられなかったんです。
茫然自失ってところでした。」
「銀行は、再就職の斡旋はしてくれなかったんです?」
哲司としては、当然にそうしたフォローぐらいはあっただろうと思ってのことだった。
「う〜ん・・・、それどころじゃなかったんでしょうね。
支店長クラスでも、そうなることなど、全く予想していなかったそうですから。
ですから、そこそこベテランの先輩行員には、他行、つまりは他の銀行からの誘いもあって、まるで草刈場の状況だったようですが、僕なんか、入行2年目でしたからね。
実務も殆ど経験してませんし、銀行マンとしてはヨチヨチ歩きどころか、まだハイハイも出来る状況でもなかったですし・・・。
ですから、何の斡旋も紹介も無かった状況ですね。
後は、職安へ・・・という事だったのでしょう。」
「き、厳しい状況だったんですねぇ・・・。」
「で、しばらくは、自宅に引きこもっていましたよ。」
「えっ! ひ、ひきこもり?」
「ええ・・・、今でこそ、引きこもりって社会の病理現象みたいに言われますけれど、僕なんかは、とっくの昔に経験していたんです。
で、1年ぐらいしてからですかね。
ああ・・・、このままじゃいけないなって思って・・・。」
「1年ですか・・・。それで、派遣会社に?」
「いえいえ、当時はまだ、今のように人材派遣という考え方が社会に浸透してなかったですし、そうした人材派遣会社っていうのも、非常に小規模なものだけだったんです。
派遣できる業種も極端に制限されていましたからね。
ですから、最初は、リハビリのつもりで、アルバイトから始めたんです。」
高木は、膝の上に置いたノートパソコンの画面に視線を落として話してくる。
まるで、そこに、当時の自分が映像として映し出されているような目をしている。
(つづく)