第6章 明日へのレシピ(その14)
「だ、だからって、何も反対をしなくっても・・・。」
哲司には、親の意思で、子供の将来を左右することに異議を唱える思いがある。
「もちろん、そんな言葉に耳傾けるつもりも無かったですし、“親は親、僕は僕”っていう不遜な気持が強かったですからね。そのまま就職をしたんです。
今では、銀行もさほど人気はないようですが、当時はバブル経済の真っ只中。
銀行や証券会社はその中心的な業種でしたから、友達からも羨ましく見られてました。
でも・・・、バブルはバブル。いつかは弾けてしまうんですね。
まさか、自分の勤める銀行が破綻するなどとは夢にも思っていなかったんですけど・・・。」
「後悔されてます?」
「う〜ん、どうなのでしょう? 反省すべきところはあったと思ってますが、後悔はしてませんね。
負け惜しみを言ってると思われるかもしれませんが、その時点その時点で、自分なりに考えての選択であり決断だったんですから。
それに・・・。」
「それに?」
「まあ、今の派遣会社に登録をするようになって、それまでには考えられなかったような会社や仕事、そして、そこに働くいろいろな人との出会いも出来たわけですし・・・。
家内とも、そうした中で知り合ったんで・・・。」
「ああ・・・、なるほど・・・。それで、ご結婚を・・・。」
「ええ・・・。ですから、あのまま、銀行が破綻せずにいてくれたら、それはそれで僕の人生も大きく違っていたとは思いますよ。
でも、そちらの人生の方がより幸せだったという保証は誰に出来ません。
人間、ふたつの道を同時に歩く事は出来ないのですから、今の人生、これがベストな選択だったと信じて生きていくしかないって思うんです。」
「う〜ん・・・、ベストな選択ですか・・・。」
哲司は、何故かしら、この男、高木に励まされているような気になる。
「僕は、自分には出来すぎた家内だと思ってるんです。
ほんと、もったいないぐらいです。
銀行にいたときに知り合ったのではなくて、今と同じ、派遣の仕事をするようになってからですからね。」
「そ、そうだったんですか・・・。」
「家内は、派遣先の会社のOLだったんです。
普通、そうしたOLさんが、派遣されてきた社員と結婚なんてします?
しませんよね?
時間給幾らで働いているんですよ。家族を支える経済力がある筈もないですし、もちろん、将来性だって殆ど雲を掴むようなものです。
でも、家内は、僕のところへお嫁に来てくれました。
そして、親と同居してくれて、今では、家業の豆腐屋も手伝ってくれています。」
高木は、少し誇らしげに話す。
(つづく)