第6章 明日へのレシピ(その13)
「“親子の情”ねぇ・・・。」
哲司には、その言葉がまるでどこか別の世界の話のように思える。
そう、お涙頂戴の映画の中だ。
現実感はまったく感じない。
「ウザイだけですけどねぇ・・・。」
哲司は、思った言葉を口にした。
「なるほど・・・、“ウザイ”ですか・・・。」
高木は、哲司の洩らした言葉に、疑問も抵抗も、ましてや反論も見せなかった。
一応は、素直に受け止めてくれる。
「僕も、大学時代にはそう思ったときもありましたねぇ。もちろん、当時はその“ウザイ”と言うほどのピッタリな言葉はありませんでしたが・・・。
丁度、今のあなたと同じぐらいの歳ですよ。
やはり、羽化するときって、それまでの殻が邪魔に感じるものなんでしょうねぇ。」
「“ウカ”って?」
哲司は羽化がイメージできなかった。
「昆虫が蛹から成虫に変わることですよ。ようやっと、自分の力で好きなところへと飛んで行ける羽を持てたって思うんですね。」
「ああ・・・、その“羽化”ですか・・・。」
哲司も、何とかその言葉と文字だけは思い浮かべられる。
「でも、羽と言っても、そんなに大きなものじゃなくって、ごくごく薄い、まるで皮膚のようなものなのに、その時には、羽化した興奮で、そんなことは考えもしない。
折しもバブル経済の真っ只中。何もかもが右肩上がり。
何でもやれて、何でも出来そうな時代でしたからね。
で、親の反対を押し切って、銀行に就職したんです。」
「えっ!反対されたんです?」
哲司は意外に思う。
もし、仮に、そんな事には絶対にならないのだが、哲司が銀行に勤めることにでもなれば、両親はもろ手をあげて賛成し、かつ喜んだだろう。
昔ほどではなくとも、確かに「堅い仕事」だからだ。
「ええ・・・、うちの父親は、銀行には反感を持ってましてね。」
「反感?」
「“他人のふんどしで相撲を取ってるだけだ”って言うんです。
預金という名目で他人様からお金をかき集めて、そしてそれをより高い金利で企業や個人事業主に貸し付けて利ざやを稼ぐ。
つまりは、自分たちでは、一切何も生産しない。生み出さない。
右から左に金を動かすだけで稼いでいる。
言わば、人さまが額に汗して稼いだ金のピンハネしてる“あこぎ”な商売だと。」
「な、なるほど・・・。」
「うちは豆腐屋をやってましてね。その運転資金を借りに銀行に行ったら、担保が無いからって、門前払いを食らったらしいんです。
ま、それが、銀行嫌いの原点なのかもしれませんが・・・、その息子の私が、その銀行に就職をすると言ったものですから・・・。」
高木は自嘲するかのように言う。
(つづく)