第6章 明日へのレシピ(その12)
「どうしてか、その気になられた?」
高木は、哲司の言葉に付け足すように言う。
「ええ・・・、まあ・・・。」
哲司にも、その明確な理由が意識できていない。
どうして、今回は実家に戻ることを承知したのか。
過去から、何度も同じ電話を受けている。
「たまには、顔を見せたら?」
母親の常套句だった。
「うん、そのうちに・・・。」
これまた、哲司の回答はまるでテープレコーダーに吹き込まれた台詞のように、毎回同じだった。
それで、電話が切れる。
それなのに、今回は、「じゃあ、帰るよ」と言ってしまった。
そして、今日、こうして電車に乗っている。
明確な目的意識はなかった。
金がないのはいつもの事だし、それを無心するのが目的ではない。
強いて言えば、奈菜から少し離れてみようと思う感情があったのと、母親が言った「父親の定年退職」が気になったからだった。
その両方が揃わなかったら、多分、この電車には乗っていなかった。
片方だけなら、今日も、あのアパートの部屋にいただろう。
そんな気がする。
「でも、人間、帰るところが、いや、帰れるところがあるってことは、幸せなことだと思いますよ。」
高木はまるで自分に言い聞かせているような言い方をする。
「だから、ひとりででも何とかやっていけている。そうは、思いません?」
高木は、哲司が単身で生活をしていることを見抜いてか、そうも付け加えてくる。
「う〜ん・・・、帰れるところ・・・、ねぇ・・・。」
哲司は、実家を、両親の元を、そのように捉えて考えたことはなかった。
確かに、今でも、実家には哲司の部屋がある。
以前に使っていた当時のままだ。
今のアパートに引っ越したときと同じ状態のままにある。
哲司がいつ帰ってきても良いように、母親が掃除もしてくれている。
それでも、その部屋に入っても、「ああ、帰ってきた」という実感はいつもなかった。
どうしてか、重苦しかった過去に引き戻されるような焦燥感を感じた。
「そうですよ。例え、どのように仰られたとしても、ご両親にとって、あなたはいつまでも大切な子供さんなんですから。
いつでも、どんな状況でも、“お帰り”って温かく迎えてくれるものでしょう?
それが、家族。それが親子の情ってものですよね。」
高木は、画面の子供の写真に視線を落としながら、そう言ってくる。
(つづく)