第6章 明日へのレシピ(その11)
「そ、そうですか・・・、僕が、保父さんにねぇ〜・・・。
でも、そう言われたのは初めてですよ。」
哲司は、可笑しさを何とか抑えて言う。
「まぁ、その後、赤ちゃんを抱くのも初めてだと仰ったので、それが僕の勘違いだということは分りましたけれど・・・。
で、でも、あんなに上手に相手をされているのを見たら、僕でなくっても、そう思うと思いますけれどねぇ・・・。」
男性は舌を噛みそうになりながら自嘲するように言う。
「ああ・・・、申し遅れました。僕は、高木郁夫と言います。今年で38になります。
名刺をお渡しできれば良いのですが、派遣ではそんなもの作っちゃ貰えませんしね。名前だけでも覚えて置いてください。」
男性は、何を思ったのか、改めて自己紹介をしてくる。
「あっ! ぼ、僕は、巽哲司です。」
哲司も、慌てて名前だけを名乗る。意識して、年齢は言わなかった。
「巽さんは、学生さん? それとも、お仕事をされている?」
「う〜ん・・・、そのどちらでもないってところですか・・・。」
「ん?」
「つまりは、今、流行のフリーターです。半分は、親の脛をかじってるんです。」
哲司は、自分でも驚くほどに素直に言えた。
相手が、派遣社員として働いていると言ったことが根底にあったのかもしれない。
「ああ・・・、そうだったんですか・・・。じゃあ、今日はどこかへ旅行にでも?」
高木と名乗った男性は、哲司の言葉に驚きはしなかった。
「いえ、実家から出頭命令が出てまして・・・。」
「ああ・・・なるほど、“出頭命令”ですか・・・。でも、立派じゃないですか。」
「ん? 立派? そんなもんじゃないですよ。渋々なんですから・・・。」
「いやいや、ご立派ですよ。それだけの覚悟がおありになるんですから。」
「覚悟なんて、そんな大それたことは・・・。まぁ、小言のひとつやふたつは言われるだろうとは思っていますけれど・・・。」
「僕なんか、家内からの“撤退命令”を受けても、怖くってそれに従えないんですからね・・・。
このまま、まともな手柄も立てられずに撤退したら、次の出撃さえも出来そうに思えなくって・・・。」
高木は哲司の言葉を受けてなのだろう、そうした言い方で話してくる。
直接的な言葉を使わず、まるでおとぎ話か昔話でもするかのように、オブラートに包んでくる。
やはり、相当に頭は回るようだ。
そして、互いの痛みが分かるのだろう。
「僕も、もう何度も命令違反を犯してるんです。でも、今回は・・・。」
哲司も、その高木の話し振りに、ふと心の構えが甘くなる。
(つづく)