第6章 明日へのレシピ(その10)
「で、でも・・・、ああしてちゃんと抱かれてたじゃないですか。
しかも、先ほどの駅で降りられるとき、お母さんが抱き取ろうとされたら、あの赤ちゃん、それを嫌がってあなたにしがみついていたでしょう?」
「そ、そうでしたっけ?」
「ええ、僕、ちゃんと見てましたから・・・。余程、気に入られたんだと・・・。」
「・・・・・・。」
「ですからね、最初は、お父さんなんだと思って・・・。
でも、どうも話されているのがご夫婦の会話じゃなかったですし・・・。
あっ、だからと言って、べ、別に盗み聞きするつもりはなかったんですよ。
席がなかったもので、そのドアのところに立ってただけですから。」
「・・・・・・。」
「で、次に、以前からの顔見知りなんだろうって思ったんです。
ご近所なのか、あるいはこの電車でよく乗合わされるかで・・・。」
「そ、そんなに気になりました?」
「う〜ん・・・、やはり、あの赤ちゃんに目が行ったんでしょうね。
ああ、息子と同じぐらいだって思う気持があって・・・。」
「な、なるほど・・・。」
哲司にも、この男性の気持は分らないでもない。
「でも、今のお話をお聞きすると、今日、初めて会われたとか。
で、ビックリしたんです。
家内の話によると、うちの息子は人見知りをするそうで・・・。
ご近所の、余程慣れた人でないと笑いもしないって・・・。
そんなことを聞かされていたものですから、つい、どこのお子さんでも同じように思えてしまってね。」
「あの赤ちゃんも、そうだったらしいですよ。」
「で、でしょう? そ、それなのに・・・って思ったんです。」
「?」
「あれぐらいの赤ちゃんって、やっぱり誰にでも笑顔を振りまくものじゃないでしょう?」
「そ、それは、個人差もあるんでしょうけれど・・・。」
「それなのに、あなたはいとも簡単にお抱きになってた。しかも、離れたくはないって言われるぐらいに・・・。」
「そ、それは・・・、たまたまの偶然で・・・。」
「で、僕は、あなたがそうしたお仕事なのかと思ってしまったんです。」
「ん? 仕事?」
「ええ、例えば、幼稚園の先生とか、保育園の保母さん、いや保父さんって言うんでしょうか・・・。」
「うふっ! ぼ、僕がですか?」
哲司は、とうとう噴出しそうになる。
「冗談で言ってるんじゃなくって、本当にそう思ったんですから・・・。」
男性は、哲司が笑ったのを見て、抵抗をする。
(つづく)