第6章 明日へのレシピ(その8)
「先ほどの赤ちゃんは、お知り合いの赤ちゃんですか?」
男性がまたそう訊いてくる。
「いえ、たまたま乗り合わせた方の赤ちゃんで・・・。」
哲司も、今度は無視をしなかった。
「ああ、あの横に座っておられた・・・。」
「ええ・・・。」
「綺麗な方ですよね。」
「そ、そうですねぇ・・・。」
哲司は、女性の顔を思い浮かべる。
確かに美人だった。だからかもしれない。
あの乗換駅で声を掛けられて素直にそれに答えたのは。
「じゃあ、初めて会われたんですよね?」
「ええ・・・。」
「赤ちゃんとも初めてでしょう?」
「もちろん。」
哲司は、まるで詰将棋に付きあわされているような気持になる。
「怖くなかったです?」
「な、何が?」
「赤ちゃんを抱くのって・・・。」
「べ、別に・・・。」
哲司は虚勢を張った。
本当は、恐る恐ると言うのが実態だった。
「じゃあ、やっぱりああした赤ちゃんを抱かれたご経験がおありになるんだ?」
「いえ、・・・まったく・・・。」
「ほ、ほんとです?」
「ええ・・・、まだ独身ですから・・・。」
「だったら、そ、それって、凄いですね。」
「えっ! な、何がです?」
「初めてにしちゃあ、随分とお上手だと思って。」
「そ、そうなんですかねぇ・・・。」
そう言われても、哲司にはそうした実感はない。
ただ、あの赤ん坊が哲司にうまく合わせてくれたような気がしてならない。
「だって、そうでしょう? 初めて会った赤ちゃんが、ああして抱かれて気持良さそうに寝てたんですから・・・。
普通は、怖くって泣き出すものじゃないんですか?
全く知らない人なんですから・・・。」
「そ、そうなんですかねぇ? 泣かなかったのは、お母さんが傍にいたからじゃないですか?」
「いえ、そんなことはないと思いますよ。やはり、抱き方と言うか、赤ちゃんの扱い方と言うか、そうしたものが非常にお上手なんだと・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、どう答えて良いのかが分らない。
(つづく)