第6章 明日へのレシピ(その6)
「そ、それも、仕事なんですか?」
哲司は不思議に思って訊く。
男は、今、どこかのコールセンターに派遣されて働いていると言ったばかりだ。
そんな派遣社員に、そうした難しいことをさせるとは思えなかった。
「いえ、これは、アルバイトです。今の給料だけじゃとても・・・。」
男は、そのあとの言葉についてはそれを濁した。
「えっ! バイト?」
「ええ・・・、外国書籍の翻訳のバイトなんです。」
「じゃあ、英語がペラペラ?」
「いえ、とても喋れはしません。ただ、読んだり書いたりすることはできますから・・・。」
「す、凄いなぁ〜。」
哲司は、正直、舌を巻く。
中学、高校と、一応英語のカリキュラムはあったが、“どうして、日本人が英語を習わなくちゃ行けないんだ?”との思いもあって、苦手な科目の代表格だった。
それなのに、この男は、英語が読み書きできると言う。
それだけでも尊敬に値する。
「大学へも行かれたんです?」
哲司は、きっとそうだろうと思っている。
「ええ、一応は・・・。でも、それが通用するのは最初の就職の時だけですね。」
「じゃあ、最初は、どこかに就職されて?」
「ええ・・・、銀行に。バブル崩壊後、破綻して有名になったあの銀行です。」
「えっ! ・・・そ、そうだったんですか・・・。」
哲司にも、その銀行の名前は思い当たるものがあった。
新聞やテレビのニュースで連日取り上げられていたからだ。
本店は北海道にあった。
「まさか、銀行が潰れるなんて・・・。当時は、誰も考えてなかったですからね。
しかも、僕が入行した翌年でした。
それからです。人生が狂い始めたのは・・・。」
「・・・・・・・。」
哲司は、言葉が出なかった。
そう言われれば、確かにこの男は銀行マンでも通りそうな雰囲気をしている。
スーツをちゃんと着ているし、ネクタイもしている。
眼鏡を掛けた顔も、誠実そのものに見える。
哲司とは対極にいる人種のようにも思える。
それでも、どうしてか、哲司はこの男に親近感を抱き始めていた。
「でも、それだけの技術って言うんですか、それだけ英語が出来るんだったら、そうしたことを生かした仕事が幾らでもあるんじゃないです?
バイトじゃなくって、本業として・・・。」
哲司は、本気でそう思う。
自分にも、そうした他人にない特技や能力があれば、定職についてやっていけるような気がしていたからだ。
(つづく)