第6章 明日へのレシピ(その2)
普段の哲司であれば、この弁当は非常にラッキーと感じるものだ。
何しろ、タダで手に入ったものだからだ。しかも、かなり高級品だ。
コンビニの弁当とは比べものにならない。
喜んでパクついただろう。
だが、どうした訳か、今日の哲司はそうする気が起きない。
何か、惜しい気がするのだ。このまま食べてしまうのが。
別に、腹が一杯だからでもない。
今日の長距離移動に備えて、日頃は食べない朝食を食べては来たが、たかがカップラーメン1杯だけである。
明らかな空腹感もある。
それでも、その弁当に手を付ける気になれない。
空腹なのだが、どうやらその上部にある胸が一杯のようだ。
哲司は、その弁当とお茶をそっと膝の上に抱いていた。
「あのう・・・。」
横の席から声が掛かった。
「ん?」
哲司は、はっきりとした返事をしないままでその声の主を見る。
「パソコン、やっても構いませんか?」
眼鏡を掛けたサラリーマン風の男がそう言ってくる。
「どうぞ、お好きに・・・。」
哲司はぶっきらぼうにそう答える。
(何で、そんなことをいちいち訊いて来るのだ?)という思いさえする。
一応の礼儀は通したと思ったのか、そのサラリーマン風の男は膝の上に置いたビジネスケースからノートパソコンを取り出した。
そして、そのケースの上にノートパソコンを置いて、それを開ける。
非常に薄いタイプのものだ。まさに、「ノート」という名に相応しいほとの薄さだ。
恐らくは、最新の型なのだろうと思える。
男の指が電源ボタンを押す。いや、触れると言った方が正しいだろう。
それほどに軽いタッチで操作をする。
哲司は、見るという意識も無いままに、男のしていることをぼんやりと眺めていた。
と、「ルンルンルン〜」という尻上がりのメロディーが聞こえて、そのパソコンの画面が青くなった。
その画面には、幾つものアイコンが並んでいるようだ。
相当に使いこなしているという印象を受ける。
キーボードの上を走るように動く男の指先が、如何にもそのことを証明するかのように素早い。
「先ほど抱かれていたのはお子さんなんですか?」
男が、突然にそう訊いて来る。
(つづく)