第5章 舞い降りたエンジェル(その80)
「まぁ〜、この子ったら・・・。」
女性は半ば呆れるように微笑む。
それしか出来ませんという顔でだ。
一方の哲司は、そっと立ち上がって行く。
まるで、赤ん坊に吊り上げられた小魚のようにだ。
そして、その赤ん坊の掌をそっと開かせようとする。
と、そこで、赤ん坊が目を開けた。
(ん? ここはどこ?)
そんな顔をしている。
(しまった! 起こしちゃったかな?)
哲司は、自分が掌を開けさせようとしたことが禍したと思った。
だが、当の赤ん坊は、その目を開けることで、誰に抱かれているのかをすぐに理解したようで、女性に向かってにっこりと、本当ににっこりと笑いかけた。
「あら、薫。起きちゃったの?」
それに気づいた女性がそう声を掛ける。
赤ん坊はそれに答えるよりも先に、首を反り返らせるようにして哲司の方を見る。
自分が握っている指が、自分の母親のものでないことが分っているのだろう。
それを確かめるつもりなのか、それとも哲司の顔を確認しようとしたのか、それは本人でなければ分らない。
「グヒゥ〜」
赤ん坊は哲司に向かってそう言った。
もちろん、その意味を哲司は理解できない。
ただ、明らかに赤ん坊は哲司に向かってそう言ったのだ。
目と目とが合ってのことだった。
「お兄ちゃん、お世話になりましたって・・・。」
女性は、赤ん坊に成り代わるつもりなのだろう、赤ん坊を抱いた姿勢のままで頭を下げてくる。
「薫ちゃん、元気でね。また、会おうね。」
哲司は、思わずそう答えた。
そして、改めて、握られていた小指を解放すべく赤ん坊の掌からそれを抜こうと少しだけ力を入れた。
と、どうだろう。赤ん坊が逆にその掌に力を込めてくる。
そう、哲司に抜かせまいとするのだ。
それを感じた哲司は、今度は空いている右手を使って、赤ん坊が握っている手の指をひとつずつ開かせるようにする。
親指、人差し指、中指・・・とだ。
赤ん坊は、そうする哲司の指先と顔とを交互に睨むようにしてくる。
そして、どうしてか、今にも泣き出しそうに眉間に小さなシワを寄せた。
(つづく)