第5章 舞い降りたエンジェル(その78)
「あ、あと、どれぐらいで着きます?」
哲司は慌てるようにして問い返す。
「う〜ん、あと10分弱ってところですか・・・。巽さんには、いろいろとお世話になりました。ほんと、助かりましたよ。」
「い、いえ・・・、そんな・・・。」
女性は、次の停車駅で支線に乗り換える。
いや、女性だけではない。この赤ん坊もだ。
「私にとっても、この子にとっても、いささか気の重たい旅だったんですが、巽さんとお知り合いになれて、少しは前向きに考えられるようになりました。
嬉しかったですよ。有難うございました。」
「僕のほうこそ・・・、ですよ。とても貴重なお話を聞かせてもらって・・・。」
哲司は女性との会話を続けながら、その一方では、何とかもうしばらくこの赤ん坊と一緒にいられないものかと頭を巡らせている。
女性が荷物の整理をし始める。
鞄に詰めるべきものは詰め、先ほど食べ終わった弁当箱のように捨てるべきものは捨てるものとしてビニール袋にまとめていく。
「ああ、そうだ。巽さん、お荷物になるかもしれませんが、そのポットの珈琲、良かったらお持ちになりません?」
「いえいえ、そんなわけには・・・。」
「私は、これから普通電車に乗り換えたら、たった3駅なんです。そこに父が迎えに来てくれてますから、もう珈琲を飲む時間も無いですし・・・。
巽さんは、まだこれから30分ほど乗られるのでしょう?」
「ま、まぁ、それはそうなんですが・・・。」
「だったら、是非、そうしてくださいな。お弁当もまだ手をつけておられませんし、私たちが降りたら、ゆっくりと食事して頂いて、食後にでもその珈琲飲んでください。
お邪魔になるようでしたら、そのポットは捨ててくださっても結構ですし・・・。」
「そ、そんな訳には行きませんよ、もったいない。」
「じ、じゃあ、巽さんの連絡先教えて頂けません?」
「えっ! れ、連絡先ですか?」
「はい、なんでしたら、私の携帯番号とアドレスをお教えしますので・・・。
このままご実家にずっとおられるのではないのでしょう?」
「そ、それは、そうですが・・・。」
「つまりは、また市内に戻られるのでしょう?」
「ええ・・・。」
「でしたら、その後でも構いませんし、またどこかでお茶でもご一緒願えませんか?
ポットは、その時にお返しいただければ・・・。」
「で、でも・・・、どうして?」
「う〜ん、どうしてなんでしょうねぇ? どうしてか、このままお別れしてしまうのが惜しい気がして・・・。
そ、それに・・・、彼女さんのことも気になりますし・・・。」
女性は、そう言いながらも、バックから手帳を取り出して、白紙のページに携帯電話の番号とメールアドレスを書く。
「ご迷惑でしょうか?」
女性が哲司の顔を下から覗き込むようにして訊いて来る。
(つづく)