第1章 携帯で見つけたバイト(その31)
哲司の動きが止まったのを背中で感じていたらしい。
山田が、見られているのを意識して、軽く右手を上げた。
哲司には、その動作が意味するところが分らない。
「よしっ!・・・・・これで・・・・」
山田が小さな声でそう言った。
だが、他には誰もいなくなった部屋では、哲司にもそれは聞こえる。
「ねぇ、缶コーヒーでも飲みません?」
山田が振り返りながら立ち上がった。
哲司は黙って首を横に振る。
「いらない」という意思表示だ。
「巽さんも、どうやら僕と同じ業界のようですね。」
山田が、何かをポケットにしまいこみながら、ゆっくりと近づいてくる。
「どういう意味?」
哲司は思わずそう言う。
「同じ業界」と言われたことに対する質問である。
「まぁ、いいじゃないですか。そこまで突っ張らなくとも。」
山田は不敵な笑みを見せている。
その時である。
廊下側から、どやどやとした足音が聞こえてくる。
床に敷き詰めた養生の上を来るから、ざわざわとした音が加わってくる。
「どれだ?」
その声は、最初に出会った現場責任者の及川だった。
主任達からは「統括」と呼ばれているようだ。
いわば、この現場の総指揮官のような立場であるらしい。
「はい、このPCとですね、あの配電盤の中の装置ですが・・・」
先ほど山田に投げ飛ばされた森本という男がそれぞれ指をさすようにして説明をしている。
及川は、近くにたった1台だけ取り残されたように置いてあるPCを無視して、一直線に配電盤に向った。
そして、その前でしゃがみこんでその装置を見ている。
「おい、誰かドライバーを貸してくれ。」
及川がそのように言って、森本が他の作業員が手にしていた工具袋を取り上げるようにして持っていく。
その森本の背中で見えなくなったが、どうやら及川はドライバーを使って何かをしているようだ。
哲司も山田も、ただ黙ってその成り行きを見守っていた。
(つづく)