第5章 舞い降りたエンジェル(その77)
「・・・・・・・。」
女性の言葉に、哲司は奈菜の顔を思い出す。
と同時に、この赤ん坊が奈菜の産んだ子だったら・・・と、突飛でもないことを連想した。
(それが頭にあったからなんだろうか?)
哲司は、今、こうして赤ん坊を自分が抱いていることへの疑問の答えがそこにあるような気もしてくる。
もちろん、自分から希望して抱くことになったものではない。
あの、乗換えをした駅のホームで、たまたまこの女性が声を掛けてきたのが始まりだった。
「急行電車に乗るのはここで良いのか?」
確か、そんなことを訊かれたように思う。
見上げた女性は美人だった。
だから、その質問にも丁寧に答えた。
その女性がたまたま赤ん坊を抱いていたのだ。
で、「抱いてみます?」と水を向けられた。
駅のホームでだ。
正直言って、困惑した。尻込みしたい気持もあった。
赤ん坊が苦手だったからだ。
どちらかと言えば、まだ犬や猫の子の方が気が楽だった。
落としたって、奴らは死にはしない。
そう思っていたのに、結局は、その誘いを断れなかった。
他の人の目がある駅のホームで「抱いてみます?」と挑発されたようで、それから逃げたとその女性に思われるのが嫌だった。
で、渋々、なおかつ恐る恐るの心境で赤ん坊を抱いた。
生まれてはじめての経験だった。
その時から考えれば、この赤ん坊はその大部分の時間を哲司に抱かれて過ごしていることになる。
それでも、まだ取られたくはないのだ。
「やはり、男の人に抱かれていると、温かいからなのでしょうかね?」
女性は、腕時計で時間を確認しながら首を傾げるようにする。
「ん?」
哲司は、同じようにして首を傾げて女性を見る。
「いえね、この子、ミルクをお腹一杯に飲んでいるのに、まだオシッコしてないんですよ。普通なら、もうとっくにオシメが濡れている筈なんですが・・・。」
「ああ・・・、そうなんですか・・・。」
哲司は、先ほど女性が赤ん坊のお尻に手をやったことを思い出す。
オシメの状況を確かめるためだったことに今気がついている。
「これじゃあ、普通電車に乗り換えてからってことになりそうですね。」
女性は、再度腕時計に視線を向けた。
(つづく)