第5章 舞い降りたエンジェル(その73)
「ちぐはぐ?」
女性は箸を止めて問い返してくる。
「ええ、何か、様子がどこか違うような気がして・・・。
物ははっきりと言われるですが、どうもこっちの言うことは耳に入ってないみたいな・・・。
あっ! そうだ!」
「な、何です?」
「杖、あのお婆さん、杖をつかれてたんです。」
「杖を?」
「ええ、それは確かです。」
「で、でも・・・。」
「そうですよね。」
哲司は後ろの席を振り返った。
案の定だった。先ほどまでお婆さんが座っていた席には、その杖と、どうしたことかその足元には草履が残されていた。
それでなのか、その席には誰も座ろうとはしていない。
通路に立っている乗客が何人かいるのにだ。
「やっぱり、杖、置いたままです。それに、草履も。」
哲司は小声で女性にそう報告する。
「えっ! 草履もですか?」
女性もそれには驚いたようだった。
そのときだった。
「お騒がせを致しました」との声が背後で聞こえた。
哲司がまたまた振り返る。
どうやら、車掌がお婆さんの忘れ物を回収しにやって来たようだった。
たぶん、駅から無線で連絡が入ったのだろう。
「あのお婆ちゃん、どうしちゃったんです?」「何があったんです?」「大丈夫なんですか?」と様々な声がその車掌に浴びせられる。
「いえ、実は、どうやら迷子になっておられたようで・・・。息子さんが車内にいるのを見つけられて、連れて降りられたということですので・・・。」
車掌は、連絡で知り得た情報なのであろう、そう簡単な説明をして車内の沈静化を計ろうとする。
「きっと、ご病気なんですね。」
そうしたやり取りを聞いた女性が、哲司の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「病気?」
「ええ、認知症か何か・・・。」
「ああ・・・、なるほど・・・、だったら、お気の毒ですねぇ。」
「それにしても・・・。」
女性が言葉を繋いでくる。
「ん?」
「巽さんって、ほんと、お優しいんですねぇ。本気で心配されて・・・。」
(つづく)