第5章 舞い降りたエンジェル(その70)
「えっ! あっ! べ、別に・・・。」
哲司は慌てる。
女性がもう一度、この車窓に現れるものとばかり思っていたからだ。
どうして? と問われてもその理由は定かではない。
「お口に合うかどうかは分りませんが、お弁当を買って来ました。」
女性は、そう言いながら哲司の前をすり抜けるようにして、窓側の席に腰を下す。
「何がお好きか窓からお尋ねしようかと思ったのですが、あんなのでは分りませんよね。何を言ってるか?」
笑いながら先ほどの車窓でのジェスチャーの意味を解説する。
「えっ! ぼ、僕は良かったのに・・・。」
「でも、もうお昼ですし、私のために1本電車を遅らせてしまったんですから、お詫びの印しです。どちらでもお好きなほうを食べてくださいね。」
女性は、手にしていた2種類の弁当を座席に取り付けてあるテーブルの上に置く。
そして、紙パックのお茶も添えるようにして置く。
「ああ、そう言えば、あの特急、最新型なんですよね。巽さんは、乗られたことあります?」
女性は、先ほど哲司の視線の先にあった特急の車体に目をやって訊く。
「いえ、新型も旧型も含めて、特急には乗ったことありません。金欠病ですから・・・。」
「うふっ! 面白いことを・・・。」
「・・・・・・・。」
哲司は赤面する。
自分が口にした言葉なのだが、“金欠病”と言ったことを笑われたと思ったのだ。
「なるほどねぇ・・・、“新型”があればそれまでのものは“旧型”ですか・・・。
でも、そう呼ばれる特急も可哀想ですよね。この新型車が出てくるまでは、当然に最新型と言われてたのですからねぇ・・・。」
女性は、哲司が意識しなかった単語をそのように捉えていたようだ。
むろん、哲司はそうした意味で言ったのではなかった。
「人間社会と同じなんですね。皆、それぞれに頑張って与えられた役目を果たしているのに、次々と新しい機能や価値観が出てくると、世の中の注目はそちらへと行ってしまう。
頑張っているのに、なかなか理解されない、ちゃんと評価をしてもらえない。」
「・・・・・・・・・。」
哲司は、まるで自分のことを言われているようで、何も言えない。
「私は、次の駅から普通電車に乗り換えるんですが、その普通電車に使われている車両って、元は特急電車の車両だったそうです。
一番古いタイプが走るときには、カメラを提げた鉄道マニアさんが大勢こられてますよ。ビックリしちゃいます。
確か、50年前の製造とか・・・。それでも、乗っていると、ほんと力強く走るんです。山道が多いエリアなんですが、そんなことを感じさせないほど快適で。
あの電車に乗ると、“ああ、家に帰ってきた”って気がするんです。」
女性は動き始めた特急電車を見送りながら、優しげにそう言った。
(つづく)