第1章 携帯で見つけたバイト(その30)
「態度が急変するってのも、何かおかしいな。」
哲司は、どう考えても素直に山田の言葉が聞けない。
だから、今度は最初のときとは逆に、哲司がダンマリを決める。
聞こえないフリだ。
作業をわざと音を立てるようにして続ける。
「あっ、そ!」
山田はそう言ったかと思うと、どこかへ動いたようで、急に静かになった。
哲司はそれが気にはなったが、声を掛けられて無視をした以上、そう簡単に振り向いたりも出来なかった。
少なくとも、山田には大の大人を投げ飛ばせるだけの力と技がある。
下手に因縁をつけられてもマズイと思ったのだ。
しばらくは作業を続けていた哲司だったが、ひとつの袋がほぼ一杯になったのをきっかけにして、後ろを振り返る事にする。
山田がどこで何をしているのかが知りたくなったのだ。
「よし、またひとつ出来たぞ。」
そう大きな声で言いながら、後ろを振り返ってみる。
だが、そのままの位置からでは山田の姿が見当たらない。
それどころか、この部屋には、中央部に積み上げられた20数個の段ボール箱を除くと、もう荷物らしいものは何一つ残っていなかった。
当然のように、それらを運び出す作業員の姿も無い。
ただ広い部屋には、哲司と山田しか残されていないようだった。
立ち上がってみる。
すると、積み上げられた段ボール箱の向こうに、窓際の壁のところで床に座り込んでいる山田の姿が見えた。
向こうを向いているから、何をしているのかはわからなかったが、どうやら何かを弄っているようだ。
後姿からでも、両手が細かく動いているのがよく分かる。
「何をしているんだ?」
哲司はそうは思ったものの、当然に声には出せない。
動かないようにして、そのままの立ち姿で、山田を凝視する。
しばらく見ていると、どうやら壁際についているコンセントのところで何かをしているようだ。
身体の陰になって見えないのだが、コンセントを開けているようだ。
「何のためにあんなところを開けている?」
引越しの作業とは関係が無いだろう。
ましてや、ここであの香川主任から指示された作業でもない。
「一体、どういうつもりなのだ?」
哲司は、山田が単なるバイトではないような気がしてくる。
(つづく)