第1章 携帯で見つけたバイト(その3)
「何て?・・・体操?・・・」
携帯のゲームをしていた指はとまったものの、入り込んでいた思考もどうやら止まったままとなっていたようである。
「体操って、あの体操かい?」
哲司は「まさか?」と思った。
高校の体育の時間にやったような記憶があるが、それ以来、体操などというものには縁が無かった。
「ここは道路だぜ。こんなところで、そんなことできるかよ。」
それが本心だ。
「なんで、体操をやらなきゃいけねぇんだ?」
言われている事にいちいち反発がある。
「第一、そんなのカッコ悪いだろ!」
最後はそこへ行く。
そうは思ったものの、周囲を見ると、残りの奴らもすっきりとした顔はしていないのだが、それでも何も言わずに、座っていたところからおもむろに立ち上がって行く。
「おい!皆、やる気かい?・・・・マジかよ。」
哲司の心が叫んでいる。
ひとりひとりの顔を順に眺めていく。
皆、一様に嫌そうな顔はしている。
だが、誰一人として異を唱えるものはいない。
黙って、指示に従うつもりのようだ。
それぞれ、ズボンなどについた埃を手で払っている。
哲司の気持が一気に萎えてくる。
「おい、そんな事は止めようって言わねぇのかよ。
誰か言えよ。
言ってくれたら、俺もそう思うって賛同するからさ。」
その思いで、もう一度アルバイト要員の男達を見る。
だが、状況は変わりそうにない。
「じゃあ、ここに一列に並んで。」
現場責任者の男が歩道の一角を指差して言う。
「あのう・・・」
ひとり30歳ぐらいだと思われた男が初めて口を開いた。
一番前に立っていて、責任者の男に一番近い。
一番後ろにいた哲司は一瞬喜んだ。
「おっ!・・・オッチャン、ようやっと言う気になってくれたんかい?」
「もうひとり来るってお聞きしてましたけれど、来ないんですか?」
先頭の男が小さな声だが、そう訊ねている。
「おっ!そう言えば、そんな事を言ってたなぁ。
でもさ、そんな事より、この道端での体操、何とかならんのか?」
哲司は、歯痒くて仕方が無い。
折角、責任者に物が言えたのだから、ついでに、体操の事も言ってくれたらいいのにと思う。
「ああ、30分遅れると連絡があったんで。
待ってられんから、先に始めることにした。
当然、賃金はカットするけれど。」
現場責任者の男が説明をする。
その最後の言葉で、皆の雰囲気が何となく引き締まったようだった。
もちろん、哲司も何も言えない。
(つづく)