第5章 舞い降りたエンジェル(その67)
「確かに・・・。」
哲司も同じ気持がある。
出来れば、もっとゆっくり時間が流れて欲しいと思う。
とは言っても、そんなにこの電車にも乗らないのだから、その「いつもより」という比較は当てはまらない。
ただ、哲司がこの電車に乗るのは実家に戻るときぐらいだから、同行者もいなければ話す相手もいない。
ひたすら窓の外を眺めるか、さもなくば寝ているかのどちらかだった。
決して「早く着け」とも思ってはいなかったが、さりとてそうした時間を楽しめる旅でもなかった。
目的からすれば、今回の帰省も以前と何ら変わらない。
自分から積極的に動いたものではなく、親からの「たまには帰って来い」との度重なる要請に応えることにしたものだ。
それこそ、楽しい筈もなかった。
どちらかと言えば、気の重たい旅だった。
車内アナウンスによると、次の駅では約5分程度停まるようだ。
後から来る特急を待避するらしい。
つまりは、後から出た特急に追い抜かれることになる。
(いっそのこと、何本かの特急をここでやり過ごしたいぐらいだ。)
哲司は、そのアナウンスを聞いてそう思う。
「私、ちょっとホームに出てきますね。電話を掛けたいもので・・・。」
女性がハンドバックから携帯電話を取り出して言ってくる。
「あっ、はい・・・。」
哲司はそう言ったものの、何となくその電話を受ける相手に嫉妬する。
どこの誰なのかは知らないのにだ。
「その間、この子、お願いできます?」
「ええ、もちろんです。」
哲司は喜んでそう答える。
そう言っている間に、電車のスピードが次第に落ちてくる。
どうやら駅の構内に入ってきたようだった。
車内では、次の駅で降りる乗客達が通路へと並びはじめる。
「では、ちょっと行ってきます。」
女性はそう言って、哲司の前をすり抜けるようにして通路の列に並ぶ。
そして、後続の乗客たちに押されるようにして下車口の方へと進んでいく。
電車がホームに停まった。そして、扉が開いたのだろう。
通路に溜まるように並んでいた乗客が次々と押し出されていく。
まるで歯磨きのチューブから中身が押し出されるのと同じだ。
そして、車内が一旦は静かになる。
(つづく)