第5章 舞い降りたエンジェル(その61)
「いえ、とんでもない・・・。」
哲司は、素敵な女性に頼りにされたようで、少し照れる。
「でも、巽さんみたいな方で良かったです。」
「ん?」
「こんなこと、誰にでもお願いできることじゃないですしね。第一、この子が黙ってないんです。」
女性は、改めて哲司の胸に顔を寄せている我が子を覗き込むようにする。
「ああ・・・、男の人は駄目ってことで?」
「いえいえ、それだけじゃないんですよ。人見知りが強くって・・・。」
「女の人にでも?」
「ええ、にっこりはするんですよ。俗に言う愛想笑いなんでしょうかねぇ。
でも、それだからと言って、抱かれるのは嫌がるんです。
余程、日頃から顔を会わせている人でないと・・・。」
「そ、そうなんですか・・・。」
哲司は、聞けば聞くほどに不思議な気がしてくる。
「ですからね、先ほどのように、私が傍を離れようとすれば、誰に抱かれていても火が付いたみたいに泣き叫ぶんです。」
「えっ! な、泣き叫ぶ?」
「はい、ですから、その人は二度と抱きましょうかって声を掛けてくれなくなっちゃうんですよ。それに懲りて・・・。」
女性はそう言って苦笑する。
(や、やっぱり・・・、この女性が傍にいなければ、泣き叫ぶんだ・・・。)
哲司は、先ほど感じていた恐怖が現実のこととして起こり得る状況に置かれていたのを自覚する。
「でも、巽さんだと、そうはならないようで・・・。」
「そ、それは・・・、あの時既に眠っておられましたからね・・・。起きた状態だったら、僕でもきっとそうなっていたと思いますよ。」
「いえ、きっと大丈夫だったと。」
「ど、どうしてそう言い切れます?」
「う〜ん・・・。」
女性は、少し首を傾げるようにして、その先の言葉を考えているようだ。
「さきほど、トンネルに入ったでしょう?」
「ああ、はい。」
哲司は、その時の赤ん坊の反応を思い出す。
「どうしてか、あのトンネルの前に来ると、警笛を鳴らすんですよね。」
「そ、そうですねぇ。」
「この子、あの警笛が嫌いで・・・。私が抱いていてもビックリしてか、泣き出すんですよ。」
「そ、そうなんですか?」
「この子、起きました? 愚図りました?」
「い、いえ・・・、それはなかったですが・・・。」
「でしょう? きっと、そうなるだろうと思ってましたよ。」
哲司は、女性の言葉に目を丸くする。
(つづく)