第5章 舞い降りたエンジェル(その57)
「子守唄って・・・、あの“ねんねんころりよ おころりよ”ってやつですか?」
哲司は、その歌の部分に小さく節を付けて言う。
「あら、よくご存知なんですねぇ・・・。」
「そ、そりゃあ。それぐらいは・・・。」
哲司は、勉強は出来なくても、それぐらいは知ってると胸を張る。
「じゃあ、その歌のタイトルは?」
「えっ! た、タイトルですか? う〜ん・・・。」
哲司は、歌のタイトルが思い出せない。
いや、思い出せないと言うより、知らないような気がする。
この歌は、確か、小さい頃に誰かに何度も歌って聞かされて覚えたような・・・。
それでも、学校や幼稚園ではなかったような気がする。
だから、タイトルも教えてもらっていないのではないか。
「“竹田の子守唄”や“五木の子守唄”だったら知ってるんですが・・・。」
哲司はギブアップする。
「先ほど、巽さんが口ずさまれたのは“江戸子守唄”というのだそうですよ。
私も、つい最近知ったのですが・・・。」
「へぇ〜、そうなんですか。“江戸子守唄”ねぇ。でも、この唄って、全国で歌われているような気がしますけれど・・・。」
「それと、今おっしゃった“竹田の子守唄”や“五木の子守唄”は、実際には“子守唄”ではなくて、“守子唄”なんですよね。」
「“もりこ唄”?」
「ええ、子供を寝かしつけるための唄が“子守唄”でしょう?」
「はい。」
「それに対して、“守子唄”というのは、子守をさせられている子供さんが、自分の寂しさや悲しさ、辛さを唄ったものなんです。
昔は、貧しい家に生まれた子は、口減らしのために早くからいわゆる下女奉公に出されて、そうした“仕事”をさせられていたんだそうです。
ですから、そのメロディーもやや暗いものになったと言われているんです。」
「へぇ〜・・・、そ、そうなのですか・・・。知らなかったなぁ・・・。」
哲司は、舌を巻く他はなかった。
「偉そうなことを言いましたけれど、私も、この子が生まれる少し前から、そうした勉強をしただけなんですよ。
“子守唄”ひとつもまともに唄えない母親にはなりたくなかったもので・・・。」
女性は、そう言って照れるように笑う。
「と、とんでもない・・・。立派なお母さんですよ。僕になんかにそう言われても嬉しくは無いでしょうけれど・・・。」
「いえ、少しでも認めて頂けて、とても嬉しいですよ。
私も母親になりたてのほやほやなんですから、今は必死なんです。
この子も懸命に生きようとしてくれていますし、私もそれに負けないように懸命に頑張ろうって思ってるんです。
母親が我が子を背負って“守子唄”を唄うなんて、こんな不幸なことはありませんから・・・。」
哲司は、女性から気迫のようなものを感じて言葉を失った。
(つづく)