第5章 舞い降りたエンジェル(その52)
赤ん坊は、まるでひきつけでも起こしたかのように、全身を硬直させた。
その次には突っ張った足を今度は逆に折りたたむようにしてくる。
とうとう哲司の太股の上にペタンと座り込むようになる。
そして、顔は哲司の胸に埋めるようにする。
「ううっっっ・・・、泣き出す?」
哲司は覚悟をした。
今更言っても仕方が無いが、少し大人気ないことをしたかも知れぬと後悔をする。
別に、驚かせるつもりは無かった。
ただ、“いないいない、ばぁ〜”を誇張した演出を試みただけだった。
決して悪気があったものではない。
(でも、泣かれたら、やっぱり俺が睨まれるんだろうなぁ〜。)
折角、ご機嫌なままでもうすぐおネンネの時間となる予定だったのに・・・。
きっと、そう責められるだろう。
仕方が無い。ひたすら謝るだけだ。
「そんなつもりじゃなかったんですが・・・」と。
ところがだ。
赤ん坊は、伏せた哲司の胸のところで大きな息をしているだけで、一向に泣く気配を見せない。
それどころか、今度はどのタイミングで顔を上げたらよいのかを推し量っているようなのだ。
その証拠に、両手で哲司が着ていたジャンパーの袖のところをしっかりと握っている。
赤ん坊が頭を少し上にせり上げてくる。
手にした哲司のジャンパーを引っ張ることで、自分の身体を上に運ぼうとする。
そして、ある高さまで来ると、伏せていた顔をいきなり哲司の方へと振ってくる。
赤ん坊の視線が、その様子をじっと見ていた哲司の視線とぶつかる。
「キャ! バブゥ〜!」
赤ん坊は小さくそう叫んで、すぐさままた顔を哲司の胸に伏せる。
そして、またまた、その両足を突っ張るようにする。
その時だった。
赤ん坊の頭が、哲司の顎を捉えた。
そう、顎に、アッパーカットを受けたようなものだった。
「いてっ!」と哲司が声をあげる。
それを見て、またまた赤ん坊が反応する。
「キャヒュ〜・・・、キャッキャッ!!」
自分の頭をぶっつけたのに、どうやら痛くはないようだ。
それより、自分が動くことで、抱いている哲司がそれなりに懸命に反応してくれるのが嬉しくて仕方が無い。そんな感じなのだ。
口の周りに唾を一杯撒き散らすようにしてはしゃいでいる。
「あらまぁ、薫ったら・・・。」
その様子を見た女性が、急いでガーゼを手にする。
そして、赤ん坊の顔を捕まえようとする。
(つづく)