第5章 舞い降りたエンジェル(その48)
「あれ? ひょっとして、巽さん、お煙草吸われません?」
女性が一転、真面目な顔で訊いてくる。
「ええ・・・。」
哲司は、一瞬ドキッとする。どうしてなのかは自分でも分らない。
「それでなのかしら?」
「な、何がです?」
「いえね、この子、男の人に抱かれるのって苦手だって言いましたでしょう?」
「はい。」
「ですからね、どうして巽さんは大丈夫なのかって、ずっと考えていたんです。」
「そ、それで?」
「今、この子、失礼にも、巽さんのお口に手を持っていったでしょう?」
「ええ、ビックリしちゃいましたけれど・・・。僕が何かを食べてるって思われたんですかねぇ?」
「いえ、そうじゃないんだと思うんです。」
「?」
「この子、きっと煙草の匂いがする男性が駄目なんだと。」
「じゃあ、パパさんも、おじいちゃんも?」
「ええ、ふたりともかなりのヘビースモーカーですからねぇ。」
「で、でも、それはたまたまの偶然かも。確かに、僕は今は煙草を吸いませんけれど、これでも、大きな声じゃ言えませんが、高校時代には吸っていたんですよ。
もちろん、隠れ煙草ですが・・・。」
「だって、それはもう随分と前のことでしょう? もうとっくに、その匂いも消えているんじゃないでしょうか。」
「じゃあ、煙草を吸わない男性だったら大丈夫ってことですか?」
「さあ、その点は本人に聞いてみないと分りませんが、少なくとも、パパやお爺ちゃんが顔を近づけるだけで嫌な顔をしてたんですよ。
それが、今は、巽さんのお口に自分から手を触れに行ったでしょう?
それが不思議だったんです。
で、その違いって何だろう? って考えると、その煙草に行き着いたんです。」
「そうなのでしょうかねぇ。」
哲司は、女性の意見を決して否定はできない。
血の繋がりがあるパパさんやお爺ちゃんに勝てるところと言えば、年齢とノンスモーカーぐらいしかないのかもしれない。
それでも、ただそれだけで喜んで抱かれてくれたのだと考えると、なぜか空しさを覚えるのだ。
それだけが理由だとは思いたくなかった。
「やっぱり、お母さんの立場から考えれば、喫煙者は敬遠したいですか?」
「う〜ん、私は煙草を吸う男性は好きですよ。でも、この子がいる場所では吸って欲しくは無いですね。やはり、子供のためにはよろしくありませんからね。」
女性は、大人が交わす会話を不思議そうに眺めている我が子を愛しむようにそっと撫でた。
(つづく)