第5章 舞い降りたエンジェル(その45)
当の赤ん坊は、すこぶる上機嫌のようだ。
ミルクを一気飲みしてハイテンションになったのか、哲司の驚いた顔を見上げてキャッキャッと喜んでいる。
まさかミルクで酔っ払う筈もないのだが、その顔からはまさに“ほろ酔い”の充実感が漂ってくる。
「これから、僕はどうすれば良いですか?」
哲司は少し不安になっている。
先ほど、女性が「飲み終わってからが大人の出番」と言った言葉が頭にあった。
一体、何をしろと言うのだろう?
「巽さんは、“おくび”ってご存知ですか?」
「えっ? “おくび”? “あくび”じゃなくて?」
「ええ、“おくび”です。下品な言い方をすれば、“ゲップ”です。」
「ああ、“ゲップ”なら分ります。」
「これぐらいの子供でも、その“ゲップ”ってするんですよ。」
「あっ、そうなんですか・・・。」
とは言ったものの、哲司には、抱いている赤ん坊が大人と同じように“ゲップ”をする姿がどうしても想像できない。
「でもねぇ、自力では出来ないんですよ。」
「ん?」
哲司は言われていることがよく理解できない。
「大人と一緒で、食事、この子にとってはミルクなんですが、それを胃に入れるときにどうしても空気も一緒に吸い込むんですよね。」
「は、はい・・・。」
確かに、あれだけの勢いで一気に哺乳瓶のミルクを飲み干したのだから、当然にそうなるだろうとは思うのだが・・・。
「その胃に溜まった空気を出すのが“おくび”なんですが、これぐらいの子供だと、ほっておくと折角飲んだミルクも一緒に吐き出してしまうんです。」
「えっ! じゃあ・・・、どうすれば?」
「ですから、強制的に“おくび”を出させるんです。」
「きょ、強制的に?」
哲司は目をぱちくりさせる。
「やってみます?」
「僕でもやれますかねぇ?」
「では、その子を立て抱きにしてください。」
女性は哲司の質問には答えないで、代わりにそう言ってくる。
「は、はい・・・、こうですか?」
哲司は、横抱きにしていた赤ん坊を縦に抱き変える。
「はい、それで結構ですよ。それでね、こうして背中、つまりは胃の裏辺りを軽く叩いてやるんです。」
そう言ったかと思うと、女性は哲司が抱いた赤ん坊の背中をトントントンと叩いてみせた。
その女性の手の響きが、赤ん坊の身体を通して哲司の胸に伝わってくる。
(つづく)