第5章 舞い降りたエンジェル(その43)
「えっ! 良いんですか?」
哲司は思わずそう言った。
そう言ってから、「こんな言い方だと、してみたかったと言っているのと同じだ」と少し恥ずかしくなる。
「はい。この子も、きっとその方が楽しいでしょうから。」
やはり、女性は哲司がそう答えるだろうと予想していたという顔をする。
「じゃあ、どうすれば良いので?」
「少し横に抱くようにしてみてください。」
「こうですか?」
「は、はい。それで結構ですよ。それで、この哺乳瓶をこう向けて・・・。」
女性は、まるで父親向けの授乳教室のごとく、手取り足取りで教えてくれる。
哲司は言われるままに素直に従う。
女性が赤ん坊の両手に哺乳瓶を持たせるようにすると、赤ん坊はすぐさまその乳首を口へと入れる。
そして、思いっきりミルクを吸い始める。
「す、凄い勢いですねぇ。だ、大丈夫なんですか?」
「ええ、この子の成長にあわせて乳首の穴が調整されていますから。」
「で、僕はどうすれば?」
「飲み終わるまでは、そのままじっとしていてやってください。飲むのは、この子が自分で勝手にしますから。」
「は、はい。分りました。」
哲司は、そのままじっとしていろと言われたこともあって、ただ黙ってミルクを飲む赤ん坊の顔を見下ろすようにしていた。
その視線を感じてか、横向きに抱かれた赤ん坊が、ときどき目を瞬かせるようにして哲司の顔を見上げてくる。
相変わらず驚くようなスピードでミルクが減っていくのが、哺乳瓶の中の様子から窺える。
「ほんと、良いパパさんになられますよ。巽さんは。」
「そ、そうでしょうか?」
哲司は女性の顔に視線を動かせて、言われたことを確かめようとする。
「あっ! 授乳中は余所見は駄目ですよ。子供の顔から目を離さないようにしてください。」
「ご、ごめんなさい。」
「別に、特段、何かをしていただかなければならないってことはありませんが、子供はこのときひとりにしないってことが大切なんです。
誰かに見守られているっていう安心感が子供の食欲には必要なことなんです。」
「な、なるほど・・・。僕らでも、ひとりでする食事って、味気ないですからね。」
「・・・・・・。」
女性は、その哲司の言葉には、何も応えなかった。
無意識でそうなったのか、あるいは答えないことに意味があるのかは分らなかった。
「これぐらいの子供の場合は、飲み終わってからが大人の出番なんですよ。
ですから、いつ飲み終わったかは、とても重要な意味を持っているんです。」
女性は、赤ん坊の顔を覗き込むようにしながら、優しくそう言った。
(つづく)