第5章 舞い降りたエンジェル(その42)
女性が哺乳瓶を横に振る。
振ってはまた止めて、粉ミルクがちゃんと解けているかを確かめている。
そうした動作を何度か繰り返して、「はい、できました」と言う。
哲司もその女性のすることをじっと見ていたが、それ以上に身を乗り出すようにして凝視していたのは他ならぬ赤ん坊だった。
女性が哺乳瓶を振るのを止めてからは、今にも手を伸ばしそうなほどに前屈みになる。
抱いている哲司の腕を邪魔者扱いする。
もちろん、哲司はそうされても抱いている腕を解くわけには行かない。
それまで以上に神経を張り詰めるようにして、その赤ん坊をしっかりと抱きかかえている。
その哲司の手首辺りに冷たいものが落ちた。
(ん? なんだろう?)
そう思って、自分の手首を覗き込む。
抱いている赤ん坊の影になっていて、そうしなければ自分の手首さえ見ることが出来ないのだ。
「あらあら・・・、ごめんなさいね。」
女性がガーゼを取り出してきて、哲司の手首をそっと押さえてくれる。
「えっ?」
「いえ、この子が涎を・・・。」
「ああ・・・、そんなもの、構いませんよ。」
哲司の正直な気持だった。
そんなことより、今にも哲司の腕の中からすり抜けて、哺乳瓶を取りに行くのではないかと思われる赤ん坊を抱きとめるのに必死になっていた。
赤ん坊は、自分の思いが届かないと思ったのか、哲司の手をペチペチと叩いてくる。
「マム、マム、マム・・・。」
どうも、そんな言葉を発しているように聞こえる。
「もう少し待ってね。まだ、すこし熱いから。」
女性は慣れた感じで、いきり立つ我が子を宥めている。
哺乳瓶のミルクを冷ますためか、盛んに空中でそれを振っている。
空冷式の冷まし方なのだろう。
とは言え、赤ん坊にはそんな理屈は通らないようで、ますます前へ前へと身体を乗り出すようにする。
また、哲司の腕に冷たいものが落ちてくる。
今度は、1滴どころの話ではない。
それこそ、ポタポタポタ・・・という感じだ。
「巽さん、飲ませてみます?」
女性は、片手でガーゼを差し出しながら、哺乳瓶を哲司の前に突き出してそう訊いて来る。
(つづく)