第5章 舞い降りたエンジェル(その41)
電車が動き始めた。
車内では、今の駅から乗り込んできた人達が動いていた。
何とか空いた席を確保して荷物を網棚に上げようと格闘する人もおれば、席を確保できずに、車両から車両へと移動してくる人もいる。
落ち着くまでにはしばらく時間が必要だろう。
「そろそろミルクの時間なんで・・・。」
女性は大きな鞄の中から哺乳瓶と粉ミルクらしきものが入ったビニール袋を取り出してくる。
と、赤ん坊が振り向いた。
今までは哲司の肩越しに車内の様子を面白そうに眺めていたようだったが、何を思ったのか、哲司の腕の中で座り込もうとする。
「ん?」
哲司は、どうしてやれば良いのかを迷う。
「この子、私が“ミルクの時間”と言ったのを察知したんですよ。」
「ああ・・・、そ、そうなんですか? じゃあ、どうすれば?」
「はい、しばらくはそのまま捕まえておいてください。そのうちに暴れだしますから・・・。」
女性はそう言ったかと思うと、ミルクの準備に取り掛かる。
哺乳瓶に粉ミルクをスプーンで入れる。
どうやら、そのスプーンで計量できるようになっているようだ。
細かな目盛りが刻まれていた。
それから、今度は小さな赤い携帯ポットを取り出してきて、その哺乳瓶へと注ぎ込む。
それも、哺乳瓶に刻まれている目盛りを確かめながらの作業だ。
「うふっ! そんなに面白いですか?」
女性が哲司の顔を覗き込むようにして訊いて来る。
「あっ! いえ・・・。」
哲司は照れる思いだ。
決して面白いとは思わないのだが、こうして哺乳瓶でミルクを作る作業など見たことがなかったし、「ヘェ〜、こうして作るんだ」という驚きの眼でじっと見ていたからだ。
「まるで、巽さんが飲まれるみたいに・・・。」
女性はそう言ってはにかむように笑う。
「い、いえ、・・・そんな・・・。で、でも、その都度大変なんですねぇ。」
哲司は実感として言う。
「本当は、私の母乳を飲ませたいところなんですが・・・。こうした場所ではそれも出来ませんしね。」
「ああ・・・、母乳ねぇ・・・。」
哲司は思わず女性の胸に目が行ったことを恥じる。
(つづく)