第5章 舞い降りたエンジェル(その40)
「その次に子供が聞き耳を立てるのが、笑い声なんです。」
女性は、赤ん坊のほっぺたを少し突っつくようにして、「ねっ!」と付け加える。
「お腹にいるときから、子供は外から聞こえてくる笑い声に興味を示すんです。
ですから、私がテレビなどを見ていて笑うと、お腹の中でじっと耳を澄ませるんですよ。何があるんだろう?って・・・。」
「ええっ、・・・そ、そうなんですか?」
「笑い声って、何か素敵なことがあるって、大人でも思うでしょう?」
「まぁ、それは・・・。」
「それと同じなんだと思いますよ。笑い続けていると、お腹の中で活発に動くんです。もちろん、その話の内容が分っていてのことではないのでしょうけれど、母体を通じて、笑顔のエネルギーって言うのでしょうか、そうしたものがちゃんと伝わるんだと思います。」
「母体を通じて・・・ですか・・・。」
「ですから、今、そうして巽さんに抱いてもらっていて、それでお笑いになったでしょう?」
「ええ、面白い声を出されたもので、つい・・・。」
「笑われると、男の人って胸やお腹の筋肉が震えるんですよね。」
「そ、そうですかねぇ? 意識したことは無いですけれど・・・。」
「その筋肉の震動が、抱かれているこの子に伝わっているんです。
もちろん笑い声もあるのでしょうが、身体が感じる筋肉の震動のようなものの方が、これぐらいの子供には直接的で分りやすい、つまりは感じやすいんだと思います。
視覚より触覚なんです。
だからこそ、巽さんが本当に笑っておられたのかを確かめに行ったでしょう?」
先ほど、赤ん坊がじっと哲司の顔を見に来たことを言われているようだ。
「先ほども申しましたけれど、この子は、男の人に抱かれることが殆どなかったので、そうして巽さんが声を出してお笑いになられても、そのことがよく理解できなかったんだと思います。
でも、これでもう、男の人に抱かれることを嫌がったりはしなくなるでしょう。
本当に、有難うございました。」
女性は我が子と哲司の様子を眺めながら、嬉しそうにそう言って会釈をする。
電車から降りる人が次々と降りて行き、それが終ると、今度はこの駅から乗ってくる人が車内へと雪崩れ込んでくる。
哲司は別にそうした他人の動きには興味は無かったが、抱いている赤ん坊はそうではなかった。
キョロキョロと、そうした人達の動きを目で追っているようだった。
「アッキュー、ブウー・・・」などと聞こえるような言葉を発している。
「もう、いろいろなことを喋られるんですねぇ。」
哲司には、もちろんこの赤ん坊が言っている意味は分らない。
それでも、母親であれば、その意味が多少は分るのかもしれないとの思いがあってそう水を向けてみる。
「いえいえ、喋るというより、奇声を発するといった方が近いのでしょうね。
私でも、この子が何を言っているのかは全然分りませんから・・・。」
女性は苦笑する。
(つづく)