第5章 舞い降りたエンジェル(その38)
車内アナウンスで、まもなく次の停車駅に到着する旨が伝えられた。
すると、やはり降りる予定の人達が一斉に動き出すようだ。
近くの席からも、荷物を網棚から降ろしたり、飲みかけのジュースを急いで飲みきったりと、降りる予定の人達の動きが騒がしく始まった。
席を入れ替わる人もいる。
哲司の膝に抱かれていた赤ん坊が、その騒々しさに少し目を瞬かせる。
不安なのだろう。
「起きてるみたいですから、縦に抱いてもいいですか?」
哲司が女性に訊く。
「ああ、その方が楽でしょうね。男の人は。」
女性は、そう言って、自らが手を貸して、哲司が赤ん坊を縦に抱くのを手伝った。
「そろそろお腹が減る頃ですから、ひょっとしたら、そうして抱かれていると涎がつくかもしれませんよ。
ガーゼでも挟んでおきまょうか?」
女性はそう言ってくれるが、哲司はそんなことはもう気にならない。
「いえ、ついたらついたで結構ですし・・・。」
と答える。
哲司が予想していた通り、縦に抱かれた赤ん坊は、車内の様子が見えるものだから、あちこちをキョロキョロ見渡している。
見慣れない光景に興奮するのか、時折、哲司のお腹辺りを足で蹴ってくる。
そして、哲司の耳元になるのだが、何事か喋っているようだ。
「あぅあぅ、う〜う・・・」などと言っているように聞こえる。
「うふふふ・・・・・。ここまで行くと、まるでおてんばさんでしょう?
男の子みたいになるんです。
人がたくさんいるのが好きみたいで・・・。」
女性がそのように解説をしてくれる。
「そうなんですか、・・・・、でも、楽しそうですよね。
足でリズム執ってるみたいで・・・。」
「ああ、やっぱり、蹴ってます?」
「はい・・・。」
「この子、お腹にいるときから、蹴るのが得意で・・・。
私も、何度も蹴られました。中からですけれど。」
やがて、電車が次の停車駅のホームに着いた。
降りる予定の人達が、デッキの部分だけでは収まりきれず、車内の通路にも並ぶことになる。
その光景を見て、またまた赤ん坊が大きな声を上げた。
「うっきぃー・・・」
哲司は、意味も分らないままに、大きな声で笑った。
(つづく)