第5章 舞い降りたエンジェル(その37)
「いえ、そう決めているのではないんですが・・・。」
哲司は、守勢に回る。
「まあ、私などが、どうこう言える問題ではありませんが・・・。」
女性も、気色ばんだ自分を恥ずかしく思ったのか、そう言ってトーンを落とす。
「でも、お陰で、これからのこと、しっかりと考えられそうな気がします。
有難うございました。」
哲司は不思議なほど、素直な気持でそう言えた。
奈菜とのこれからの関係をどうするかについては、あのコンビニの店長や喫茶店のマスターとも話をしたし、そして奈菜の父親ともじっくりと話をした。
もちろん、それぞれの立場があって微妙に意見は異なるのだが、そのいずれの話し合いでも、哲司が「これだな」と確信できた方向性は出てきていない。
とりわけ、哲司の心に戸惑いがあるのが、奈菜本人の考えがまだはっきりとは見えてこないからだ。
妊娠に至る経緯も含めて、まだ自分には本当のことを話していないような気がしてならないのだ。
哲司が、当面はこのままで付き合ってみるか、と考えるのは、実はその点に原因があった。
肝心要の奈菜の気持が見えてこないのだ。
確かに、この女性が言うとおり、自分は卑怯な手を使っているのかもしれない。
出来るだけ引き伸ばして、相手の思いがはっきりとしてから、自分の意思を固めようとしていることは間違いが無い。
今までの経験で、積極的に動けば動くほど、その相手に振られるという結果を重ねていたこともあって、綺麗な言い方をすれば「恋愛に慎重になっている」のだが、その反面で「惚れられるのを待っている」という守勢一辺倒に偏っているとも言える。
「優柔不断」と言われても仕方が無いとも思えるのだ。
「彼女さんのことを愛されているのでしたら、如何なる結果になろうとも、その彼女さんが少しでも幸せになれる道を選択してあげてくださいね。
同じ女性、同じ子供を持つ母親として、それだけはお願いをしておきます。」
女性は、哲司の考えていることを見透かすように、そっと優しくそう言った。
「はい、そのお言葉を忘れないようにして、しっかり考えてみたいと思います。」
哲司はそう言って、改めて女性に頭を下げた。
「ほら、この子からも、お願いしますって、言ってます。」
膝に抱いた赤ん坊が、何事か、口を尖がらせるようにして、今にも何かを喋りそうな顔をしてみせる。
「ほんと、命って、こんなに小さいものだけど、とても温かいものなんですねぇ。」
哲司の実感がそう言わせているようだった。
(つづく)