第5章 舞い降りたエンジェル(その36)
「じゃあ、もうひとつだけ、ご意見をお訊きしてもいいですか?」
哲司は、そう切り出した。
だが、今度は女性の顔を見てではなくて、ひざの上に抱いている赤ん坊の笑顔を見つめながらである。
「はい、なんでしょう?」
女性は、少し横向けに座るようにしているようだ。
それだと、哲司とその膝に抱かれている我が子の両方を一度に視野に入れられるからに違いない。
「もし、と言う仮定での話として聞いてくださいね。」
「はい。」
「もし、僕が、このままその高校生と付き合いを続けるとすれば、やはりお腹の子供に対する責任と言うものも出てくるのでしょうねぇ。」
「う〜ん・・・・・、どうなのでしょう?
法律的なことは私にも分りません。でも、女性側からの思いだけで言わせて頂けるならば、やはりそれは責任を持っていただくことになるのだろうと思います。
少なくとも、そういった確信が無ければ、女性の方もお付合いを続けることは出来なくなると思いますよ。
今は、まだ外見では目立たないのでしょうから、ご本人も、そして巽さんも、まだ本当の意味での実感というのか、現実感いうのか、それは無いのだと思いますが、子供の命は日々、着実に成長するものなんです。
数ヶ月もしないうちに、ビックリするほどお腹は大きくなります。
それから、考えようと言うのではあまりに無責任って気がしますね。」
「じゃあ、僕が、やはりこの子供については責任が持てないな、と思ったとしたら、僕はどうすればいいのでしょう?」
「もちろん、すぐにそうした思いを素直に彼女さんに話されて、そしてすみやかに離れられるべきだと思います。」
「やはり、別れるべきですか・・・。」
哲司は、想定された意見だったが、改めて、そのことを意識した。
「だって、そうですよね。
生まれてしまっていたならば、確かに他の選択肢も考えられないことはないですけれど・・・・・。
今は、親子がまさに一心同体なんですよ。
それを、彼女と子供を区別して考えようとするのは、卑怯であり、邪道だと思いますよ。
まさか、犬や猫の子供が生まれるんじゃないんですから・・・・。」
女性は、少し苛立つような言い方をした。
まさか、哲司がそのようなことを訊いて来るとは予想していなかったようだ。
例え、仮定の話だとの前提があったとしてもだ。
「巽さんは、そのようなおつもりがあるのですか?」
そう訊いて来る女性の目が、子供を守ろうとする母親の鋭さを帯びていた。
(つづく)