第5章 舞い降りたエンジェル(その35)
「そうでしょうか?
確かに、決して嫌いではないですけれど・・・。」
哲司は、どうしてそのように言われるのかが不思議だった。
「根が、正直で、嘘がつけなくて、そして何よりも、お優しいんですよ、巽さんは。」
女性は両手を珈琲カップで温めるようにして飲みながら、そう言った。
「そ、そんなことは・・・・」
「そうだと思いますよ。とりわけ、ご自身より弱い立場の者に対しては優しくなれる。
だから、悩まれるのだと。」
「その高校生のことですか?」
「はい、それもありますし、彼女さんのお腹の子供に対してもです。」
「えっ、どういうことでしょう?」
哲司は少し動揺した声を出した。
その拍子に、抱いていた赤ん坊が目を開けた。
「う〜ん、・・・ですからね、・・・。」
女性は、赤ん坊が目を覚ましたのを横目で見て知っていながら、そのまま話を続けようとする。
赤ん坊は横抱きにされているものだから、真下から哲司の顔を見上げることになる。
いつもと違う雰囲気に一瞬顔を強張らせたものの、それに気がついていた哲司が膝を軽く揺すったことで、誰に抱かれているのかを思い出したようだ。
何を思ったか、照れるようににっこりと笑ってみせる。
そう、明らかに、抱いている哲司に笑いかけているのだ。
「ほ、ほらね、巽さんは、ほんと優しいんですよ。
今も、そうだっでしょう?
ご自分の話より、この子が目を覚まして怖がったりしないか、泣き出しはしないか、それを先に考えられたんですよ。
だから、そうした気持、そうした優しさに、この子はそんな笑顔で答えたんです。
そうでなければ、今頃は大声で泣き叫んでいますよ。」
女性は、そう言って、赤ん坊のほっぺをそっと撫でた。
赤ん坊もそうされることで、いつも身近に感じている母親の匂いが分ったのだろう。
より一層の笑顔で、今度は大きく口を開けて笑った。
「くうっ・・」という可愛い声までが出る。
「普通の男性でしたら、幾ら可愛い彼女でも、他人の子がお腹にいる女性と付き合ったりはしませんよ。まして、その原因が原因でしょう?
それを承知で、まぁ、今は迷っていると仰るけれど、少なくとも僕には関係ないと割り切れるだけの冷淡さはお持ちではない。
違いますか?」
「そ、そうなのかも・・・・・。」
哲司は、自分の迷いの根底にあるものを指摘されたような気がする。
だが、いつもならば、そうした痛い部分に触れられると逆襲に転じる一面が往々にしてあったものだが、このときばかりは、不思議とそういった気持は起きてこなかった。
自分でも、「あれっ?」と思うことである。
(つづく)