第5章 舞い降りたエンジェル(その31)
「では、その子があくまでもお腹の子を産むんだと言っても、そのお付合いを続けられます?
少なくとも、巽さんお子さんじゃないのでしょう?」
女性は、少し厳しい物の言い方になっている。
そうした安易な気持で付き合うのは考え直せ、と言っているように感じる。
「単なる恋愛ごっこだったら、それもいいでしょう。
付き合ってみて、互いに相手との相性を確認しあうことも大切なステップなのかもしれません。
でも、子供ひとりの命が掛かっているのですよ。
もちろん、巽さんが、ご自分の子供ではないと知りつつ、それでも彼女のことが好きで、彼女と一緒に、生まれてくる子供を笑顔で迎えることが出来るのであれば、それはもう私がとやかく言うことではありません。
その子供にとって、幸せな環境がそこにあるのですから。」
女性は、哲司の顔を見るのではなく、まるで抱いている自分の子供に話すようにして、下を向いたままで小さな声で言っている。
「でも、今の巽さんに、それをお訊きすること自体が、酷なことなのでしょうね。」
今度は、顔を上げて、哲司の目を見据えて言う。
哲司の心を読んでいるかのようだ。
「確かに、私の場合とその子の場合とでは状況は異なります。
でも、周囲に祝福されて生まれないと・・・、というのは、私の場合にも当てはまるんです。」
「・・・・・・・・・。」
哲司は、思うように言葉が喉から吐き出せない。
「もちろん、この子は主人と私の子供です。それは、紛れもない事実です。
ですが、ちょっとした言葉の行き違い、ちょっとした思いの擦れ違いがあると、それでもそうはならないこともあるんです・・・。
私は、悔しいんです。
ですから、思い切って検査を受けようかと・・・。
それで、こうして実家へ戻るんです。」
「け、検査って・・・・、あのDNAとかいうやつですか?」
「はい、そのつもりです。
本当はそんなことまでしたくはないのですが、これ以上、こうした状況が続くのであれば、それも選択肢のひとつかと。
ですからね、巽さんにもお願いをしたいんです。その彼女とお付合いを続けられるのであれば、生まれてくる子供さんのことを第一に考えてあげてほしいと。
そうでなければ、所詮、男と女は他人です。
ちょっとした行き違いから、簡単にそれまでの愛情や信頼が壊れることだってあるんです。
その点を、これからでも遅くないと思いますから、しっかりと考えてあげて頂きたいですね。」
女性は、そう言って、目頭を押さえた。
哲司は、先ほど抱いていた赤ん坊の感触が蘇ってくるような気がしていた。
(つづく)