第5章 舞い降りたエンジェル(その30)
「やはり、理想と現実には相当なギャップがあると?」
哲司は、分りきったことを訊いているなとの自覚がある。
「それもありますが、その高校生がお腹の子の母親であることは間違いはないんですが、その一方で、お腹の子供は、母親だけのものではないと言うことです。
つまり、母親の一時の勝手な思いだけでこの世に生まれるとしたら、その子供にも不幸なことだと思うんです。」
哲司は、女性の言葉が、ひとつひとつずしんと重く感じられる。
さすがに、子供を産んで、そして育てている現役の母親の言葉だと思う。
「子供は、やはり、周囲から望まれて、そして祝福されて生まれるのが一番なんです。
例え、誰が父親であろうと、誰が母親であろうと、そんなことは関係なく、やはり周囲から温かく迎えられてこそ、嬉しい誕生なんだと思いますね。
それがなかったら、生まれてくる子供が余りにも可哀想ですよ。
自分で選んだ命ではないんですから・・・・。」
「望まれて、祝福されて・・・・ですか・・・。」
哲司はその言葉を繰り返してみる。
奈菜の場合、果たしてそうなるのだろうか?
そう考えると、かなり難しいのだろうという気がする。
あの喫茶店のマスターでさえ、口では「奈菜の思うように・・」と言ってはいるが、彼から見れば曾孫になる子供のことなのに、それほどには嬉しそうには見えない。
普通ならば、曾孫が生まれると分れば、そんなに騒いでどうするの?と冷やかされるほどに喜色がはじけるものではないのか。
確かに、本家の跡取りの話もあるのだろうが、少なくともそれは奈菜の妊娠が分ってから編み出した、一種の退避策でもある筈だ。
その前段となる「自分にとっての曾孫が生まれる」という悦びは感じられない。
さらには、いまだに生むことにも反対を唱える父親の存在もある。
あの父親は、あくまでも奈菜の将来だけを考えているようだ。
お腹の子供は、嫌な言い方をすれば、「疫病神」のようなものだ。
愛し合ったためでもないし、強姦という犯罪行為の結果としての命だ。
その誕生を喜べというのが、土台、無理な話なのだろう。
被害の象徴が、その子供なのだから。
「巽さんは、その高校生とお付合いをされているんですよね。」
「ええ・・・・、今のところは・・・。」
「と言われるということは、今後は、そのお付合いの解消も考えておられると?」
「う〜ん、・・・・正直言って、分らないんです。」
「でも、その子のこと、好きなんでしょう?」
「はい、・・・・・どの程度とは言えないんですが・・・・。」
(つづく)